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ミュンヘンの街の片隅の小さな粉屋さん

ミュンヘンの街の片隅の小さな粉屋さん

前回はパンの話をしたので、その流れで今回は粉屋の話をしたいと思います。

ドイツにパン屋は数多くあれど、粉屋さんって見かけたことありますか?

粉ひきのための水車や風車は、かつてヨーロッパの農村風景の一部だったはず。しかし今ではそれもほとんど見かけることはなくなり、19世紀まで各村に存在した粉ひき所は産業化の波に洗われ、今ではこの領域は大手製粉会社が主流となりました。

しかし、地元密着型の小規模経営の伝統的な粉屋さんも、わずかですがまだドイツに残っているのです。

 

100年近く稼働しているという、骨とう品のような製粉機



ミュンヘンの市街中心部。かの有名なホーフブロイハウスの裏手にその粉屋はありました。

ホーフブロイハウス・クンストミューレという名前が示す通り、もともとここは、バイエルン王家直営ビール醸造所だったホーフブロイハウスの、モルト製粉所だった場所なのです。1878年に民営化され、1921年から今の経営者、シュテファン・ブルムさんの曽祖父のヤーコプさんが引き継いで小麦の製粉所を運営してきました。

この製粉所では、地元農家から小麦を仕入れてミュンヘンの地元レストランやパン屋に小麦粉を卸してきました。小麦粉を生産するだけでなく、製粉所に併設して直売店をオープンしたのが1988年、そして自前の粉を使ったパンを売るパン屋をオープンしたのが2010年です。

粉屋さん内観。ピザ用、シュペッツレ用と、用途別にいろんな種類の小麦粉があります。



 

パン屋をオープンした理由は、小麦粉を買いに来るお客さんたちから「この近くにいいホームベーカリーはありますか?」と聞かれて、返答に窮するようになったからなのだとか。

たしかにグローバル化の波の中で、昔ながらの家族経営のパン屋はドイツ全体でもめっきり少なくなってしまいました。

この製粉所が経営するパン屋「クナップ&ヴェーニッヒ」では、1960年代の昔懐かしいパン屋をイメージして、伝統的な手仕事による製法でパンやケーキを作っています。小型パンのゼンメルひとつも、小麦の味わいの充実感が感じられるおいしさです。

 

粉屋と並んで同じ通りにあるパン屋。奥は製粉所です



手作りの味わいが豊かなパンが並んでいます



 

今年に入り世界中を襲ったコロナ禍と、ミュンヘンの街も無縁ではありませんでした。

ドイツでは4月に社会生活制限が始まり、ミュンヘンも数週間のロックダウン状態となりました。レストランなどの飲食店が営業停止となり、この製粉所にとっても厳しい状況が訪れました。

「ホーフブロイハウスも数週間閉鎖になり、ミュンヘンの街中がしーんと静まり返っていたんです。鳥の鳴き声だけが聞こえて、この場所で初めて静けさと自然を満喫することができました」

とオーナーの妻のマルティナさんが笑いながら話してくれました。

しかし新しい可能性も開けました。ロックダウンで外に出かけられない人たちが家でケーキやパンを焼く様子がSNSで多く拡散され、この製粉所でもオンライン対応を強化したところ、個人客からの注文が多く寄せられるようになったのです。

コロナで個人客からのオンライン問い合わせが増えたそう。製粉所の2階スペースの一角に、1kg単位の小麦粉の袋が積んでありました



また、通常9月から10月にかけて開催される世界最大のビール祭、オクトーバーフェストも中止になってしまいましたが、ふだんオクトーバーフェスト用に作る大型のブレッツェルを、今年はパン屋の店舗で販売していました。

「お客さんに、少しでもオクトーバーフェストの気分を味わってほしいから」

とブルム夫妻は話していました。

 

世の中が変わっていく中でも、変わらず必要とされ続けるものの貴さ。

ミュンヘンの街の片隅にある、この小さな粉屋とパン屋を訪れるといつも、日常生活をちょっぴり豊かにしてくれる何かが手に入るような気がするのです。

 

見市 知

みいち・とも。東京都出身。ライター、ドイツ・アウクスブルク在住。1990年9月、東西ドイツ統一の年に渡独、ベルリンの東側に1年住む。この時、統一直前の「東ドイツ」を体験した思い出をもとに旅エッセイ、『ベルリン 東ドイツをたどる旅』(産業編集センター)を執筆。このほか、『ドイツ クリスマスマーケットめぐり』『ドイツで100年続くもの』などの著書がある。 ドイツの中でも大好きなものは、北ドイツのバルト海の自然風景。しかし、なぜか南ドイツに住んでいます。
Twitter: @gutereise_

見市 知