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これは「音楽」ミステリか? いや立派な「本質提起」ミステリだ!

Fredun Kianpour: Nachleben Ⓒ Ruge-Verlag

Fredun Kianpour: Nachleben Ⓒ Ruge-Verlag

これは「音楽」ミステリか? いや立派な「本質提起」ミステリだ!

あまり表立って定義されることはないけれど、ドイツには「道徳ミステリ」または「倫理ミステリ」と呼べそうな文芸の一ジャンルが存在します。謎解きを進めていくと、犯人の犯行動機=「社会に対する過激で本質的な問題提起」が次第に浮き彫りになってくる、というタイプのお話です。

これは古くは、権威的文学に見下され続けていたドイツのエンタメ文芸が、「本作のような存在にも社会的・精神的価値があるのだ!」と自分の立場を主張するためのひとつの手法でした。(なんと驚くべきことに、前書きでこのようなことを正面から書いている例もある^^)
ミステリ作品の地位が向上し、社会的方便としてそういった要素を織り込む必要がなくなった現在でも、さすが生真面目国家ドイツというべきか、このタイプの作品は何気に書き継がれています。ヴォルフラム・フライシュハウアーの『消滅した国の刑事』などはそのストレートな一例でしょう。そして、今回紹介するフレドゥン・キアンプールの『幽霊ピアニスト事件』原題:Nachleben:来世)は、「倫理ミステリ」の非常に興味深い変奏作品といえます。

フレドゥン・キアンプール『幽霊ピアニスト事件』 Ⓒ東京創元社

フレドゥン・キアンプール『幽霊ピアニスト事件』 Ⓒ東京創元社



作品のアウトラインについては上記Amazonページをご覧ください。
個人的な印象はこれよりずーーーーーっとダークです。あえて言えば、陽気さを含んだドラマが、深遠でドロドロした芸術本質論や人間の宿業をめぐる議論に手綱を握られながら進行する感じで、大変読みごたえがありました。

本作の犯人というか「敵」は、ホンモノの芸術といわゆる「売れる」芸術の乖離に悩み苦しむアーティストです。そして色々とろくでもない現実的現実に直面し、「ホンモノの芸術を認識するためには、人間はそもそも何を犠牲にしなければならないのか?」という思考で突っ走った挙句、「肝心な××を犠牲にすれば人民大衆は芸術に近づくはず!」という倒錯した結論に至り、いろいろマズいことをやってしまう。

このような展開の場合、率直にいって、肝心な場面での犯人の口上がどれほど聞きごたえあるかが勝負です。で、これがなかなか見事だったのが、私が本書を推すひとつの理由です。平易とはいえない本質論ではあるが、説教くささが匂うギリギリ手前でうまく演出している。このセンスが非常によいのです。これはプロのピアニストである著者の感性、さらにペルシャ人とドイツ人のハーフ、つまりドイツ文芸ではなくドイツ「語」文芸である、という特質が生んだ効果かもしれません。(そう、凡百のドイツ「倫理ミステリ」は、まさにこの「説教くささ」で大きく減速してしまうんですよ…)

そしてもうひとつ見のがせないポイントは、本書が、非常に巧みに出来た「ダメ人間小説」であるという点です。
主人公はピアノの技量だけを武器とし、本質的問題に正面から取り組むことをひたすら避け、逃げ、ごまかし続け、「場に応じたイイカンジの雰囲気を醸しだす」ことだけで食いつないできた人物です。頭は切れるけど、「やる」ではなく「やってもらう」が基本。問題先送りのプロ。これほどジゴロとしてのアビリティが突出した主人公も珍しいのではないでしょうか。
…そんな主人公が、「芸術の存在意義をストイックに問う」妥協なき最強最大の敵と逃げ場なく対峙したとき、最後に果たして何が生じるのか……??

うむ、これはひどい。(←褒め言葉です)

フレドゥン・キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』 Ⓒ東京創元社

フレドゥン・キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』 Ⓒ東京創元社



…いや、これは凄い。こうオチをつけましたか。というか、オチでちゃんとオチてない部分が凄いのだ。何がどう凄いのかをここで書くわけにはいかないので、気になる方はぜひお読みいただければと思います。少なくとも、お作法どおりのミステリに安住することをよしとしない方にとっては、なかなかの満足感が得られるのではないかと考える次第です。

あと、ここまで来て書くのもナンですけど、主要登場人物が「幽霊」であるという点について。
これはやはりミステリ的に好き嫌いが分かれると思いますが、作中でそのために設定される約束事がけっこうよく出来ていると思われる点、そして、別時代感覚の生々しさをうまく強調することに寄与している点などから、個人的にはアリだと思います。違和感なく読むことが出来ました。むしろ良かったです!

と、まあ、いろいろありますが、本作は根本的にはミステリというよりも、「ミステリの形式を踏まえながら一般文芸・ファンタジー的なふくらみを備えた、奥行きのあるナニカ」のような気がします。そもそもは2011年に『この世の涯てまで、よろしく』というタイトルで訳出されたのが、今般、文庫化にあたって改題されたのです。
改題によって、よりジャンルミステリっぽい雰囲気になりました。本質的にノンジャンル文芸といえるシーラッハ作品が「ミステリ」という切り口で知名度が高まったのと同様な効果が発生するのかどうか、興味深いところです。

しかしこの出版展開は、良し悪しを抜きにある意味、上記した作中人物の「芸術の相克」の叫びが皮肉な形で反映した現象といえなくもない気がしますね^^

それでは、今回はこれにて Tschüss!

(2015.9.16)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

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