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ブレンフーザー・ダムの子どもたちとノイエンガンメ強制収容所 ―記憶し、伝え、寄り添う人たちの物語

ノイエンガンメ強制収容所記念館  映画「北のともしび」より ©️S.Aプロダクション

ブレンフーザー・ダムの子どもたちとノイエンガンメ強制収容所 ―記憶し、伝え、寄り添う人たちの物語

桜が散り始めた4月初め、東京・赤坂のドイツ文化会館で、1本のドキュメンタリー映画の試写会がありました。タイトルは『北のともしび』。ドイツ北部の港湾都市ハンブルク近郊にあったノイエンガンメ(Neuengamme)強制収容所での想像を絶する人道犯罪と、犠牲となった20人の子どもたち、そしてこの出来事を記憶し、それに向き合い、伝える活動を続ける人々を追った作品です。

桜が散り始めたドイツ文化会館 ©Kumiko Katayama



ショッキングな内容にもかかわらず、とても静かな映像と、背景に流れるピアノのミニマムでありながら美しく、時に力強い響きが印象的でした。第2次世界大戦末期に人体実験のためにアウシュビッツからノイエンガンメに連れて来られ、証拠隠滅のために殺された子どもたち。その一人ひとりと、現在の収容所記念館を訪れる人たちが描かれています。記念館で子どもたちについて調べ、議論し合う高校の授業。子どもたちの遺族や、語り部として体験を語る元収容者と若者たちとの交流。そしてリサーチ・セミナーに参加し、何が起き、誰がどのようにかかわったかを調べて知ることで、自分の内面やルーツと向き合おうとする人たちが淡々と映し出されるのを見て、「戦後」はまだ終わっていないし、終わったことにしてはいけないんだとあらためて強く感じました。

作品上映後には、制作した東志津(あずま・しず)監督と、字幕翻訳を担当した吉川美奈子さん、音楽の阿部海太郎さんのトーク会が開かれ、それぞれの立場での制作にまつわる話を聞くことができました。特に興味深かったのは、それぞれ違う分野で「作る」ことに関わっている3人が、同じような姿勢で作品と向き合っていたということです。

左から阿部海太郎さん、吉川美奈子さん、東志津監督 ©️S.Aプロダクション



阿部さんが「今回新しく作った曲は、作曲と言えるのかというぐらい少ない音しか出てこないのですが、1970年代ごろにイタリアで『貧しい芸術』という芸術運動があって[…]作家が手を加えることを最小限にして、表現したり作ったりということをできるだけ抑えた時に、表現者として本音が言えるのではないかというものです」と話すと、東監督は「何を語るかよりも何を語らないかを自分で判断していくのが私にとっては映画を作ることで、自分をどんどん消していき、そのものになるように作ります。基本的にはカメラは手持ちにせず三脚に立て、私が撮っているというより映画という別人格が撮っているような感覚になります。カメラも自分もその空気の一部になっていくという感覚です」。

吉川さんは「翻訳者の間でも、翻訳の神様が降りてくる、という言い方をすることがあり

ます。言葉を訳すというよりも、すっと内容から言葉が出てくるときがたまにあって、そういう時はすごく気持ちよく翻訳ができるんです」と、3人がそれぞれ自分の分野での同じような体験や考えを話してくれたことが印象的で、そうした作為のない自然な姿勢が作品全体の雰囲気を作っているように感じました。

後日、再び東監督に電話でお話を聞く機会を得ました。監督は、戦争に関するドキュメンタリーをこの作品の前にも2本撮っていますが、1本は中国残留婦人、もう1本は広島や長崎で被爆した朝鮮半島出身者やオランダ人捕虜を扱った作品で、いずれも日本とアジアが関わるテーマです。今回の作品でドイツの強制収容所をテーマにしようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

そう問いかけると、監督は、V.E.フランクルの『夜と霧』の中の解説を読んでブレンフーザー・ダムの子どもたちのことを知り、実際に見て確かめるために、当時文化庁の新進芸術家海外派遣制度で留学中だったパリからハンブルクへ行った話をしてくれました。ノイエンガンメと、子どもたちの殺害現場となったブレンフーザー・ダム(Bullenhuser Damm)学校跡の展示を見て、重大な人道犯罪の事実を知ると同時に、見学者、特に若い人たちの知ろうとする熱心さや、周辺の自然の美しさに心を打たれたといいます。残酷な行為が行われた場所で、現在のその場所の穏やかなたたずまいや空気や光や風を感じ、その場所で作品を撮りたいと思ったそうです。死んでいった人たちの気配が、見学している人たちの間をまだ漂っているかのような感じは、まさにふと会話が途切れた時に使うドイツ語の「天使が通った(ein Engel geht durchs Zimmer)」という表現のようだったと話してくれました。

監督にとって戦争とは、国や地域の問題を超えた人類の問題であり、映画を撮ることは人間の愚かさに立ち向かうことなのだという覚悟のようなものが感じられました。

「人間は戦争のたびにおびただしい犠牲を払って、過ちを犯し、そのたびに少しずつ賢くなってきました。今自分はその恩恵にあずかっていると思っています。その犠牲を忘れてはいけない、映画にして語り継ぐことが大事なのだと思っています」「人間はそれでもまた戦争という愚かなことを始めますが、私は映画というもので立ち向かいます。映画を撮ることは、自分との戦いでもあり、悪意に対して自分は屈しない、人生を奪われない、人間性を手放したくない、そんな気持ちを映画に込めたいと思っています」

最後に、東監督から、映画を届けたいと考えている若い人たちへ向けたメッセージです。

「中学生や若い子たちはこれから本当に大変だと思います。コロナ、差別、学校カースト、いろいろなことがあるでしょう。どんな状況でも、人を思いやる気持ちややさしさ、今心の中にあるそういったものを手放さないでほしいと思います」

 

ノイエンガンメ強制収容所

ノイエンガンメ強制収容所は、ハンブルク郊外にあったナチスの収容施設です。第2次世界大戦が終わるまでに、欧州全域から10万人以上がここに収容され、そのうち半数以上が命を落としたと考えられています。ここでは恐ろしい人体実験が行われ、5歳から12歳までの子ども20人も犠牲になりました。

ドイツの敗戦が決定的になると、ナチス関係者は数々の非人道的行為の証拠をできる限り隠滅しようとしました。ドイツの無条件降伏までわずか3週間弱だった4月20日、子どもたちはブレンフーザー・ダムの校舎の地下室に連れて行かれ、世話役だった4人の大人の囚人とともに殺害されました。

ノイエンガンメで授業を受ける高校生グループ
映画「北のともしび」より ©️S.Aプロダクション



ノイエンガンメを訪れた高校生たち
映画「北のともしび」より ©️S.Aプロダクション



この収容所跡は、現在は「ノイエンガンメ強制収容所記念館」として、展示のほか、研究活動、青少年のための教育プログラム、生涯学習プログラム、国際交流活動など、記憶し伝える活動を続けています。

ノイエンガンメ強制収容所記念館公式HP

https://www.kz-gedenkstaette-neuengamme.de/ (ドイツ語)

https://www.kz-gedenkstaette-neuengamme.de/fileadmin/user_upload/Kurzinfos/KZGNG_%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E.pdf (日本語パンフレット)

 

ブレンフーザー・ダムの学校

20人の子どもたちが殺害されたブレンフーザー・ダムの学校跡も、現在は子どもたちの運命を伝える記念館となっています。しかし、戦後長く、ここであったことの詳細は明らかにされてきませんでした。30年以上が経ち、1人のジャーナリストがこの問題を取り上げ、ライフワークとして取り組んだことから、子どもたちの名前が徐々に明らかになり、遺族が判明したり、連絡が取れたりするようになりました。ジャーナリストの名はギュンター・シュヴァルベルク(Günther Schwarberg)。1979年からシュテルン誌に“Der SS-Arzt und die Kinder”(ナチス親衛隊の医師と子どもたち)という連載を執筆し、本も出版しています。

現在は記念館となっているブレンフーザー・ダムの校舎
映画「北のともしび」より ©️S.Aプロダクション



子どもたちが殺された4月20日には毎年、世界各国から遺族が集まり、追悼式典が開かれます。昨年はオンライン開催でしたが、今年は現地での4月20日の式典に始まり、5月1日までハンブルクの各所とオンラインで追悼ミサや展示会、討論会など関連の催しが行われました。その一環で『北のともしび(ドイツ語タイトル„Nordlichter - Niemals vergessen“)』の上映会も24日に開かれました。

追悼式典と関連の催しについて http://www.kinder-vom-bullenhuser-damm.de/index.php (ドイツ語)

ブレンフーザー・ダム記念館に隣接するバラの庭では、希望者はいつでもバラを植えて犠牲者を追悼できるということです。

ブレンフーザー・ダムの校舎に隣接したバラの庭と、遺族が建てた記念碑
映画「北のともしび」より ©️S.Aプロダクション


(片山久美子/文)

 

大使館スタッフ

ドイツ大使館 広報部の職員による投稿です。

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