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ドイツ映画「希望の灯り」~In den Gängen~

ドイツ映画「希望の灯り」~In den Gängen~

先日、渋谷の文化村でドイツ映画「希望の灯り」を観ました。旧東ドイツ出身の作家クレーメンス・マイヤーの「夜と灯りと」が原作です。監督のトーマス・ステューバーも旧東ドイツで生まれ育ちました。



この映画、ジワジワきます。

人々の日常を小細工することなく描いています。そこには「作りこんだ何か」も、派手なクライマックスもありません。

時代は壁がなくなった後の90年代。東側にある大型スーパーマーケットが舞台です。

大型スーパーマーケットがDDR時代の「トラック運送の人民公社」を買収して営業しているという設定で、トラック公社時代の従業員が一部そのままこのスーパーマーケットで働き続けています。

スーパーマーケットの従業員は全員口は悪いけれど、あたたかい人たち。その職場に20代の男性クリスティアンが新人として入社します。クリスティアンも旧東ドイツ出身です。

映画の中では、内気なクリスティアンとほかの従業員との人間模様が描かれています。

スーパーマーケットでフォークリフトの運転に苦戦するクリスティアンのことを親身になって世話をするブルーノ(ちなみにこのブルーノも口はかなり悪いです)。クリスティアンが恋心をよせるマリオン。



この映画にはハリウッド映画やほかのドイツ映画に多く見られる、激しいキスシーンなどは一切登場しません。私は見ていて、「なんだか昔の日本みたいな描き方だな」と感じました。あくまでも、「片思い」をするクリスティアンの恋心が描かれており、スーパーの棚越しにマリオンの姿を追ったり、クリスマス会でマリオンを気遣うなど、見ていてほほえましいです。そんな二人の寄り添いのクライマックスはやはり、スーパーマーケットの冷凍室で二人、鼻と鼻をくっつけ「エスキモー風」の挨拶をするシーンでしょうか。

この映画は125分と長めなのですが、映画の半ばぐらいまでは、スーパーの単調な日常が延々と描かれており、正直、途中で「もしや、最後まで、このままスーパーの日常の描写だけで終わる!?」と心配しましたが(笑)やはり途中で、登場人物のそれぞれの「背景」が明らかになり、なるほど・・・と納得しました。

クリスティアン、マリオン、ブルーノ。ドイツ統一後の「時代に取り残された」彼らの背景にスポットがあたります。

DDR時代には前述の「トラック運送の人民公社」でトラックの運転手をしていたブルーノ。彼はその時代を懐かしみます。今の「スーパーマーケットの店員」という仕事は統一に伴う「時代の流れ」であり、ブルーノ本人が望んでいたものではありませんでした。

内気なクリスティアンも暗い過去を背負っていますし、マリオンにいたってはネタバレで申し訳ないですが、夫のDVの被害者です。

高速道路沿いにあるこの巨大スーパーマーケットには窓がなく太陽の光りも入ってきません。場所柄、近くには娯楽もなく、映画でスーパーの周辺の景色が映し出されるたびに、空しさが伝わってきました。

そう、この映画は紛れもなく統一後の「労働者」の人々を描いています。と同時に「貧困」もひとつのテーマです。

スーパーで廃棄処分となった食べ物をゴミ箱から拾いむさぼるように食べるスーパーの人々。主人公クリスティアンが意中のマリオンの誕生日にローソクを立てた「ケーキ」をプレゼントするのですが、そのケーキはYes-Tortyで、これもまた廃棄処分の商品の中からもらってきたものです。



この映画では、登場人物はあまり言葉を発しません。でも言葉少なだからこそ、見えてくるものが大きいと思います。

国は統一したけれど、個人として統一の恩恵をまったく受けていない「現場の人々」の日常がそこにはありました。

ところで、映画のドイツ語のオリジナルタイトルはIn den Gängenですが、これは日本語に直訳したとすると「廊下で」なのですね。ドイツ語だとピッタリのタイトルなのですが、日本語だとこれでは違和感があるので、邦題を「希望の灯り」としたのは正解だな、上手いな、と思いました。映画の上映中も「俳優さんのドイツ語のセリフ」と「字幕の日本語」を比べながら「なるほど、こういうふうに訳しているんだ」と発見があり、面白かったです。たとえは先輩が新人として職場に入ってきたクリスティアンに”Wir duzen uns alle."(直訳したとすると、「ここの職場ではみんな(Sieではなく)duを使ってるんだよ。」)と言っているのですが、日本語の字幕では「気楽な職場だよ」と訳されていました。なるほど、上手い訳し方です。

さて、映画の最後のほうのあるシーンが印象に残っています。詳しく書くとネタバレになってしまいますので、少しだけ書くと・・・「波の音」にはホロッときました。最後のほう、注目してみてください。

サンドラ・ヘフェリン

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サンドラ・ヘフェリン

ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴19年、著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ) 、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: ヒラマツオ/KADOKAWA)、「『小顔』ってニホンではホメ言葉なんだ!?~ドイツ人が驚く日本の「日常」~」(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: 流水りんこ/KKベストセラーズ)」など計11冊。自身が日独ハーフであることから、≪ハーフはナニジン?≫、≪ハーフとバイリンガル教育≫、≪ハーフと日本のいじめ問題≫など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ 「ハーフを考えよう!」 を運営。趣味は時事トピックについてディベートすること、カラオケ、散歩。

サンドラ・ヘフェリン