「新しき」を温ねて「古き」を知る…未来警察サスペンス『ドローンランド』 – Young Germany Japan

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「新しき」を温ねて「古き」を知る…未来警察サスペンス『ドローンランド』

©Tom Hillenbrand
©Tom Hillenbrand

ブラジルが世界最強国として君臨する21世紀半ば、静かに凋落した欧州を舞台に展開するドイツの警察サスペンス小説『ドローンランド』。その最大の特色は、ミステリ賞であるフリードリヒ・グラウザー賞とSF賞であるクルト・ラスヴィッツ賞の2冠を獲得(ともに2015年)したことです。これは、以前はSFの領域だったいわゆるサイバー感覚が、社会の一般常識に接近してきたことの表れともいえるでしょう。

ミステリ脳から見てSF世界は「技術で何でもあり」的なズルい世界に映りがちで、逆にSF脳から見てミステリ世界は「ルールに縛り付けられた」堅苦しい世界に映りがちです。ゆえにこの両者の世界を同時にほどよく魅了することは難しい。ミステリ的にアンフェアでなく、同時にSF的インパクトを最大限に活かさなければならないからです。しかし本書は、なかなか上手くこの要件のツボを押さえていると思います。ハイテク的な便利さの陥穽というものを、ミステリとSFの双方に立脚しながら実に巧みに突いているのです。
そして忘れてはならないのが、主人公の従軍体験を通じて「軍政的な心理・論理」を冷静に描き、単なる市井の理性を超えた視点を読者に提供している点ですね。要するに「ソフトな警察社会」の是非を考えさせる部分ですが、このあたりは何気に深い。オススメです。

©河出書房新社

©河出書房新社

また大きなお世話ながら、ドイツ人の作家にしてはテンポがよくて過度に説教くさくないのも美点といえる…ような気がします (笑)

余談ながら本作で興味深いのは、主人公がオランダ人という点。ここには、「ヨーロッパ性」を「ドイツ性」よりも重んじる(というか表に出したがる)現代ドイツ人の社会的心性が窺えます。しかしもともと作者自身、ドイツ社会を一歩引いた視点から皮肉まじりで見ている風情があるので、ちょうどいいかもしれません。少なくとも、このスタンスが近隣諸国の読者から反発を買うことはないでしょう。
あと、どこにも書いてないけど、この作者ってたぶん『攻殻機動隊』とか大好きだと感じるんです。特に冒頭の現場検証シーン、あれ空気感的にすっごくトグサバトーの初動捜査っぽいんです。また、作中ところどころで箴言が顔を出すあたりとか、警察特殊部隊の突入シーンの渇いた緊張感とか、ビッグブラザー体制への嫌悪と憧憬の矛盾あふれる並存とか、そのへんは押井イズムの秘めたる影響かもしれません^^
赤坂桃子さんによる翻訳は日本語的に上質で読みやすく、ハイテク・軍事・政治・警察的な用語も違和感なく翻訳されているように思います。このへんの作業は何気にしんどい(私自身の報道翻訳の経験から見て)と思うので、大いにピックアップしたい点でもあります。

上記のように本作は、特にSF読者にとっていろいろな形でオマージュが感じられる造りになっています。逆にミステリプロパーな読者にとっては、SFのマスターピース的なアレコレに触れるきっかけとなるようにも思うので、ここで多少触れておきましょう。

80年代の先見性に敬意を表し、『戦闘妖精・雪風』敢えて文庫初版の表紙。アニメ化以降とは完全に異なる前世紀のフォルムだが、マン・マシーン・インターフェースという作品主題にマッチした横山宏の「微妙に有機的」なイラストは今なお人気が高い。©早川書房

80年代の先見性に敬意を表し、『戦闘妖精・雪風』敢えて文庫初版の表紙。アニメ化以降とは完全に異なる前世紀のフォルムだが、マン・マシーン・インターフェースという作品主題にマッチした横山宏の「微妙に有機的」なイラストは今なお人気が高い。©早川書房

『ドローンランド』にて、ストーリーの鍵を握る巨大情報処理システムは「自我・自律性」獲得の一線を踏み越えることはありません。踏み越えたところの問題を描いた傑作としては『2001年宇宙の旅』が有名ですけど、たとえば本作の主人公ヴェスターホイゼン主任警部とユーロ警察コンピュータ「テイレシアス」の論理ゲーム的な対峙が、さらにきわどいものに、人間vsAIの本質対決の様相を強めたとしたら…という仮定で思い出されるのは、アニメにもなった神林長平の『戦闘妖精・雪風』です。
エイリアンとなんとか五分の戦いを展開する人類。しかし何故そもそもエイリアンは人類世界に喧嘩を売ってきたのか? エイリアンが「敵」と認識しているのは、人類なのか、それとも人類側コンピュータなのか?…という疑念をめぐって展開する、実に乾ききった骨太SFです。人類側コンピュータが合理的・合法的に人類を貶めようと図るあたりの怖さがまた素晴らしい。

また、確度の高い行動予測によって犯罪者を事前に無力化する…といえば、トム・クルーズ主演で映画化されたフィリップ・K・ディックの傑作短編『マイノリティ・リポート』が挙げられるでしょう。
ある日突然、「あなたは遠からず殺人犯になります」と身に覚えのない烙印を押されたらどうするか? 割と普通の陰謀アクションドラマだった映画版に対し、ディックの原作は短編ながら、ほとんど本格ミステリ的とさえ言える鮮やかな論理的なオチに帰着します。あまりそのように評価されるのを見たことはないけれど、実はミステリ者にとって必見な一篇だったりするのです。

©早川書房

©早川書房

それにしても、『戦闘妖精・雪風』の初出が1979年、『マイノリティ・リポート』に至っては1956年!…という事実はなかなか凄い。真に凄い作品は、数十年後に映画化・アニメ化されても知的魅力を失わないのだ、ということがよくわかります。
こう書くと、そうした伝説的なマスターピースに立脚して書かれた現代の作品はオリジナリティ的にイマイチだねぇ、みたいな議論が絶対出てくるのだけど、敢えて言いましょう。そんなことは絶対ない。愛と知的好奇心に満ちたオマージュによってこそ、知性の重要な何かが、元来属していたジャンルから他のジャンルに伝播していくのです。『ドローンランド』もしかりでしょう。
だからこれはきわめて重要な知的文化活動の一環、なのであります。

…しかしミステリとSFの融合や相乗りを極めると、いずれはMWA賞ヒューゴー賞の二冠ゲット! みたいな事例も出てくるんでしょうか。なんだかそれは難しい気がしないでもないけど、まあそう言わず、人類の可能性に期待したいと思います。

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2016.03.09)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。 まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

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