ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

『帰ってきたヒトラー』~「色物に見せかけて実は本格」こそ普遍への近道?

ds_DSC03967

『帰ってきたヒトラー』~「色物に見せかけて実は本格」こそ普遍への近道?

2014年7月4日、日独協会の主催で、ドイツ業界にあってはけっこう大胆な試みといえる

トークセッション:小説『帰ってきたヒトラー』を語る

が実行されました。
関係者が内心恐れていたナチス信奉者の乱入&勝手な自己主張開始! みたいな困った展開もなく、終始非常に良い雰囲気でした。
皆様どうもありがとうございました!

ds_DSC03904
それにしても、当初、参加40人想定だったところに申し込みが殺到、結果的におよそ100人来場したという事実はインパクト大です。あらためて総統の集客力の凄さを…じゃなかった、ナチズムという歴史問題に対する知的関心の高さを痛感致しました。

今回のイベントは2部構成で、

【前半】翻訳者:森内薫さんの翻訳作業エピソード紹介
【後半】私による、ドイツ社会での本書への反響の紹介

という流れでした。

ds_DSC03931まず前半、森内さんのお話は非常に興味深かったです。中でも特に印象的だったのは、「ヒトラーの主観にシンクロして、つまり、ヒトラーを憑依させたような状態で訳文を書かざるを得ない面があり、それはものすごい精神力を必要としたんです」という一節。

このエピソードは、森内さんの「文筆家」としての力量(だからあれだけ真に迫って、しかも読みやすい文章だったのだ)を示すと同時に、原作者・ティムール・ヴェルメシュが描いたヒトラー像がいかに深く迫真性に満ちていたか、ということの証拠ともなるように思います。

ds_DSC03989
そして後半、私のパートでは、ドイツ読者にとって「あるある感」に満ちた本書のディティール(ヒトラーが「下劣でけしからん!」と怒る家電量販店のお色気広告とか、ヒトラーと敵対するタブロイド新聞の極み「Bild」紙など)のビジュアル紹介や、本書のドイツ国内での反響、戦争認識のドイツでの現状をご紹介しました。

自分的に、その中でも皆様にぜひお目にかけたかったのは、ドイツで大きな影響力を持つ時事討論番組「Hart aber fair」の、『帰ってきたヒトラー』特集のダイジェスト映像ですね。なぜかというと、この番組はまさにドイツ言論界の精神構造の縮図になっているからです。

ds_DSC03997
はっきり端的に言うと、戦後ドイツの言論界というのは、ナチ問題に関し、「ナチvs反ナチ」ではなく「一応ALL反ナチ状態」の中で揚げ足取り的な論争ばかりやっていて、その結果、若い世代のひそかな無関心を招いてしまった…という感じです。

このココロの隙間に対し、形を変えたナチズム(いわゆるネオナチではないのがポイント)が忍び込み、復活を果たす可能性は充分にある…と、それが以前の記事でも述べた私の(そしておそらく著者ヴェルメシュ氏の)危惧であり、この番組を見ればその雰囲気がよくわかります。

大学構内インタビューで紹介されるように、みっちりと戦争教育漬けになってきたはずのドイツの大学生が、いざ問われてみると、ナチの幹部(ヒムラー、ゲーリング、ゲッベルス)の名前をそもそもロクに挙げられないんですから…

ds_DSC03939
…という次第で、非常に濃密な2時間となりました。
実は私は本格的なイベント司会は初めてだったので、至らぬ点も多々あったと思います。今後も引きつづき精進を重ねたいと思います。

しかし、今回、皆様から寄せていただいた反響は大変好意的で、関係者一同大変感謝しております。
そして個人的には、戦記作家の内田弘樹さんのツイートのひとつ、

帰ってきたヒトラーtweet

↑に触発される点が多々ありました。

内田さんが「単に軍事描写がリアルであればよい」というタイプの人でないことを個人的に知っているからこそ言えるのですが、ここに示されているのは、「著者ヴェルメシュ氏は実はミリオタであった!」みたいな話ではないでしょう。むしろ、先にも述べたように、

ヴェルメシュ氏によるヒトラー描写が、ジャンルの垣根を越える普遍性と浸透力を持っていた

ことの顕われだろうと思います。
そして本書みたく、一見したところいかにも色物くさいのだけど、食べてみたら驚きの本格風味だった! というほうが、実は単なる正攻法な本格派よりもインパクトが強く、「普遍」の薬効成分が脳の隅々まで行きわたるのです。
この「普遍性の浸透」は重要なポイントです。特に、文化業界全般がジャンル細分化と専門化を進めきって、市場全体が先細りな傾向を示している昨今においては。

そういえば、ヒトラーにしてもナチにしても、「ジャンルごとに別物が用意される」状況が普通になっていて、自分もそれに慣れきっていたんですね。たとえば「ナチス親衛隊員」という存在について、

  • 史書
  • 反ナチドキュメンタリー
  • 戦記
では各々まったく違う観点とイメージで語られ、しかも自己完結しているのです。本当はそれら全体を見ながら「実は根っこは同じなんだよなあ」と認識しておくべきですが、ジャンルの壁みたいなものが何気にそういう包括的な思考を阻んでいる印象があります。(だから個人でもジャンルごとに分けて思考する、みたいなおかしな状況が生じる)

本書『帰ってきたヒトラー』の観念的強さの秘訣は、そのあたりの無意識的な固定観念を打ち破ったところにありそうだ…というのが、イベントを経た上での私の見解です。そして、この思いつきにはまだまだ続きがありそうだ…

最後になりますが、森内薫さん、日独協会スタッフの皆様、河出書房新社編集部の皆様、そしてご来場いただいた皆様、今回は本当にありがとうございました&おつかれさまでした!
「冒険」が報われて本当に良かったと思います。

ではでは、今回はこれにて Tschüss!

(2014.7.29)

© マライ・メントライン

© マライ・メントライン



マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン