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わたしの東ドイツ〜 東ドイツのおふくろの味ソリャンカ。ハイジさんのお料理教室

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わたしの東ドイツ〜 東ドイツのおふくろの味ソリャンカ。ハイジさんのお料理教室

今年、2019年はベルリンの壁崩壊から30周年を迎えます。
ベルリンの壁が崩壊したあと、西ドイツと統一され「なくなった国」東ドイツ。
しかしその痕跡は、まだ色々なところに残っているように思います。
「わたしのDDR(東ドイツ)」。
第4回目は、東ドイツ時代の思い出の味「ソリャンカ」(ゾリヤンカ)の作り方を、当時、看護婦をしていたハイジさんに教えてもらいます!

ハイジさんの、東ドイツお料理教室!
はじまり、はじまり〜。

ハイジ・フィッシャーさんは、1944年、フランケンベルク生まれ。
チェコとの国境にも近い、ザクセン州の町です。
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同じく看護師だった母の影響を受けて、ハイジさんは、1963年から看護師の勉強を始めました。この年、ちょうど東ドイツでは看護師教育が改正され、1週間ごとに理論(座学)と病院での実習を行うクラスを3年間受講。その後、看護師として働いていました。
学校卒業後、すぐに結婚した国境警備隊との間に生まれた2人の息子をかかえ、フルタイムで働いていた彼女に転機が訪れたのは1976年のこと。
「1976年、(東)ベルリンに政府高官を収容する特別な病院ができて、優秀な看護婦を探している、ベルリンに来ないかという誘いがあったんです。私は党員ではなかったので「政府に忠誠を誓っていない」とみなされ、どうせ選ばれないと思いながらも応募したのですが、受かって驚きました。看護婦としての技術を評価してもらったようです。
私が勤めることになったのは政府病院。ベルリン郊外のブッフ地区にあった、トップ中のトップ政治家や秘密警察の人だけが行くことができた第一政府病院ではなく、ミッテ地区にあった第二病院の方でしたが、こちらは東ドイツのセレブ、テレビで人気の俳優や、音楽家などのアーティストたちがかかる病院でした。病院を移って、まずびっくりしたのは薬の充実度。初めて政府病院に行った日に点滴用の薬が入った棚を開けたら、これまで居た一般向けの病院だと3種類の薬があるところに、25種類くらいの薬瓶が並んでたんです。病室も広く、機械も最新のものが揃っていました」。
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アルコールの問題を抱えていた夫と別れ、2人の息子を抱えて再スタートを切るために、新天地で心機一転!という気持ちもあったと言います。また、お給料もこちらの病院の方がかなり良かったのだそう。
ハイジさんはフルタイムで看護婦として働いていただけでなく、何かと人助けが好きな人だったそうで、当時住んでいた通りの住民から「ランズベルガー・アレーのマザーテレサ」と、あだ名がつけられているほどだったとか。
「フランケンベルクにいた頃は、小さな町だったということもあって、「Volkssolidarität (国民連隊組織)」という国民全体が助け合う、例えば近隣の高齢者を手助けするような社会福祉の組織にいて、何か困っていることがあれば、お互いを助け合うのが普通でした。ベルリンは大都市ですから、そこまで近所同士の助け合いはなかったけれど、困っている人がいたら、声をかけるのが普通でしょう?」

そんなわけで、ほとんど家族との時間がなかったという彼女なのですが、時々家で作るロシア風の煮込み料理「ソリャンカ」は絶品だったそう。
ぜひそのレシピを教えてください!と、「在りし日の食堂で」というミニ本で、素晴らしい社会主義食堂レシピを再現、紹介されているイスクラさんと一緒に、ハイジさんのお料理教室、1日入門してきました!

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ハイジさんのソリャンカ Soljanka

10人前のレシピ:
牛骨 8〜9個
ローリエ 3〜4枚
粒胡椒 4個
ズッペングリューン(根セロリや人参、ポロネギなど) 1セット
玉ねぎ 1kg
肉(牛肉・豚肉・カッスラー(塩漬けにして燻製にした肉)ウィンナーソーセージなど、その時あるものを)2、8kg
赤パプリカ 2個
トマト缶 (新鮮なトマトがあればそれを使う)400g缶2缶
(シュプレーヴァルトの)パプリカ酢漬け 100g
きゅうりのピクルス 850g入りの瓶
チューブ入りのトマトソース(普通のものと、唐辛子入りのもの)
レモンのスライス 適宜
サワークリーム 適宜

1)
前日にスープを用意しておく。
大きな鍋に牛骨を入れ水を入れて強火にかける。沸騰したらズッペングリューンを一口大に切ったもの、胡椒とローリエを入れて半日以上じっくりと煮込み、スープを取っておく。

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2)
玉ねぎを千切りにして、大鍋できつね色になるまで炒める

3)
赤パプリカ、きゅうりのピクルスは粗みじん切り、肉は全て小さめの一口大に切って、2)の鍋に入れる。パプリカの酢漬けとトマト缶を入れて一煮立ちさせる。
ピクルスのマリネ液は取っておく。

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5)
ピクルスのマリネ液と、1)のスープを入れ、トマトソースで味の調整。

6)
弱火で、最低でも1時間以上煮込む。

7)
レモンのスライスを入れて、サワークリームをのせ、
お好みでトーストを添えて出来上がり!

とろとろで、野菜の甘みとピクルスやトマトの酸味がきいてしみじみ美味しい!!!
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「レストランとかでは、その日に余った残り物を使って仕込んでおく料理だから、お肉はなんでもいいの。ベーコンでもサラミでも。でも、塊肉を使ってしっかり煮込んだ家庭の味にはかなわないわね。
味のポイントはパプリカの酢漬け、きゅうりのピクルス。これはやっぱりシュプレーヴァルトのが一番美味しいわ!」とハイジさん。

「シュプレーヴァルト・グルケ」と呼ばれる、ベルリン近郊、シュプレーヴァルト地方で作られるきゅうりの酢漬けは、東ベルリンの人たちの思い出の味。
映画「グッバイ・レーニン」にも登場しました。

実はハイジさんの息子さんの一人は、1989年、ベルリンの壁が崩壊する1ヶ月ほど前に、ハンガリーから西側に亡命しました。ベルリンの壁が倒れ、再びハイジさんの元に戻ってきた息子さんは、ソリャンカだけはハイジさんが作ってくれたものしか食べたくないと言います。

ベルリンでも東の方にあるカフェや、旧東独地区のドイツ料理の店に行けば必ずメニューに並んでいる、この「ソリャンカ」。子どもの頃に食べたものというのは、いくつになっても忘れられるものではありません。五感の中でも、味覚が最も記憶を呼び起こすものだとも言われます。
DDRという国は無くなってしまっても、東ドイツの人たちの舌にはいまも、思い出の味が残っているのです。

「わたしのDDR」
ファッションモデルのレナーテさん
物資のないなか工夫してバウムクーヘン作りをしていたコルネリアさん
演劇彫刻家のドリスさん
ハイジさんに続き、次回は東ベルリンで波乱万丈の時を過ごした、美術史家のエルケさんに話を伺います!乞うご期待!

河内 秀子

東京都出身。2000年からベルリン在住。2003年、ベルリン美術大学在学中からライター、コーディネーターとして活動。雑誌『Pen』『derdiedas 』などでもベルリンやドイツの情報を発信させて頂いています。
趣味は漫画と東ドイツとフォークの刺さったケーキの収集、食べ歩き。蚤の市やマンホール、コンクリ建築も大好物。
Twitterで『#日々是独日』ドイツの風景を1日1枚、アップしています。@berlinbau

河内 秀子