裏の話とオモテの話
前回なかなか言いにくいことについて書きましたが、
今回もまた似たようなお話です。・・・・そうです、言いにくいことについてです。
近年ニッポンはパンブームです。とくにコロナ禍では「お店の中に座らなくても、パッと買って帰れる」ということでパンの人気が更に高まった気がします。
うちの近所ではコロナ禍になってから新たにオープンしたパン屋さんが3軒もあります。
色んなこだわりを持ったパン屋さんが登場し、「高級」を謳ったパン屋さんも人気です。
ただ高級なパンを否定するわけではありませんが、ドイツの感覚だと「パン」はもっと「庶民的なもの」です。ドイツでは古くからパンが食べられていたので、パン屋さんはお肉屋さんと同じぐらい身近というか「日常」なわけです。
そして誤解を恐れずにいうと、ドイツでアビトゥアを持った人や、大学を卒業した人がパン屋さんの職に就くということはほぼありません。パン屋さんはakedemischな職種ではないので、Hauptschuleを出て10代のうちに数年間パン屋さんの見習い(Lehre)をするというのがパン屋さんになるための一般的な道です。
パン屋さんでは修行の時から2時起きや3時起きの生活が続くため、ドイツでは近年「パン屋さんになりたい」と考える若者は減り、決して人気の職業だと言えません。当然給料も高くありません。修行中は一か月の給料が550 Euro brutto(約7万1千円) ~750 Euro brutto(約9万7千円)という生活が何年も続くのです。あ、ちなみに、bruttoですから、この金額から更に税金が引かれます。。。
ドイツ人として、そしてパン好きとしては、近年の日本の「パンブーム」を嬉しく思う一方で、ドイツパンへの愛が高じて「ドイツにパン留学がしたい」と熱く語る人がいると、ドイツの雰囲気を知っている私としては素直に応援できない部分があります。
【大きな声では言えないこと】
というのも、日本で学校の教員などakedemischといわれる仕事を退職してまでドイツに「パン留学」をし、現地で酷い目に遭った日本人もいるからです。
中国と日本と韓国の違いがよく分かっていないパン屋さんの上司や同僚からアジア人だからと見下され、「チンチャンチョン」などの低レベルな嫌がらせを受けた人もいます。
またいわゆるブルーカラーの仕事であることも確かで、パン屋さんによってはドイツ語の言葉遣いそのものが「荒い」こともあります。日本でいえば「寿司職人が新人を怒鳴りつけるような日本語」のドイツ語バージョン・・・といえば分かりやすいでしょうか。
美味しいパンに魅せられ、「いつか自分も美味しいパンが作れるようになりたい」という夢を持っていても、理想と現実のギャップが大きすぎます。
ドイツはイギリスのようなあからさまな「階級社会」ではないものの、Akademikerとそうでない職業(例えばパン屋さん)の間には目に見えない隔たりがあり、本来は両者が交わることはあまりありません。
ところが「ドイツにパン留学をしよう」と考える日本人の多くは日本で大学を卒業していたり、日本で既にakademischと言われる職種に就いている人も多いのです。そういう人が日本での仕事を手放してまでドイツの「ドイツのパン留学」に挑んでいることがドイツでは理解されないこともあります。
ドイツでパン修行をしていたある日本人女性は、ドイツ現地で仲良くなったドイツ人に「むかしは日本で学校の先生をやっていた」ことを話したら、「え・・・?学校の先生を辞めてまで、朝3時に起きてパンを作っているの?」と言われたそうです。悲しかったとのことですが、ドイツだとけっこう一般的なリアクションかもしれません。。。
ドイツは職人は職人で誇りを持っていますし、逆にakademischer Hintergrund を持つ人は自分や家族がAkademikerであることに誇りを持つ人も多く、ドイツの一般的な感覚からすると「日本でAkademikerinの仕事を捨てて、ドイツでパンの修行をする」という思考回路をあまり理解できないわけです。
私は「好きなことを仕事に」という考え方は発想として好きです。でも「パン留学」をする日本人の一部を見ていると、理想と現実のギャップがあまりに大きすぎるとも思います。ドイツのパン業界に夢を見過ぎていると感じることもあります。
パンの話なのに、今回、全然ほのぼのしていない話で申し訳ないのですが、かなり前から気になっていたことです。夢のない話を書いてしまいましたが、懲りずに今後ともよろしくお願いします。
サンドラ・ヘフェリン