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プーチン政権が仕掛ける対独イメージ戦略の「いま」が窺える映画:『ヒトラーと戦った22日間』

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プーチン政権が仕掛ける対独イメージ戦略の「いま」が窺える映画:『ヒトラーと戦った22日間』

『ヒトラーと戦った22日間』は、ナチのソビボル収容所で1943年に起きた大反乱の「75周年記念」作品として、2018年にロシア政府の肝いりで製作された映画です。
この史実をめぐっては、名作『ブレードランナー』で主役(ハリソン・フォード)を完全に食うほどの伝説的敵役を好演したことで知られるルトガー・ハウアーが主演した『脱走戦線 ソビボーからの脱出』という英国・ユーゴ合作ドラマ(1987年)がもともと存在するので、それとは違う、21世紀仕様の心理的な深掘り演出などが施されているかと期待したのですが…
全然そんなことは無くて!
わかりやすすぎる勧善懲悪ドラマでした。

極めて印象的なのは、最近のナチ系史劇ドラマと違い、「ナチズム」ではなく「ドイツ人」そのものを「悪辣で冷酷」だ、とする演出ポリシーが貫かれている点です。ヤツらは表面的にお上品な教養をひけらかしたりするが、油断するな、ドイツ人の本性は、まさに嬉々として暴力に酔いしれるゲスいケダモノにすぎない…という感じですね。
しかしドイツ人を極悪種族として描くにしても、たとえばナチ特別行動隊の東部住民虐殺を扱った旧ソ連映画『炎628』(1985年)は、「悪の執念とは何か」という一般則を深く考えさせられる傑作でした。今回、同じように感じられないのは何故か? そう本作、肝心なドラマの質という面で、「人間、この局面で実際こうは動かないでしょ」的な不自然さや、記号的なステレオタイプ演出が目立つのです。主人公とヒロイン、いくらなんでもここで濃厚キスシーンはないだろ的な。

あと、パンフを見ると本作の監督は、作品内で「ドイツ人がちゃんとドイツ語を話す」ことが作品世界の真実性を確保するために重要なのだ、みたいなことを誇らしげに語ってるんですけど、この映画内で話されるドイツ語はあきらかに変です。大昔のアメリカの戦争映画で、日本兵役の日系俳優が、変なカタコト日本語をしゃべっているのに近いですね。

もともとロシアは『モレク神』(1999年)、『捕虜大隊シュトラフバット』(2004年)、『ホワイトタイガー』(2012年)など、文芸系からエンタメ系に至るまで、どんなドイツ視点から見ても唸らずにいられない、凄い切り口と内容の(興行的に成功したかどうかは別として)ナチ・独ソ戦系の映像作品を連綿とつくり続けてきました。私も敬意を抱いていたのに、その最新の成果が
何故こうなった?
という印象はどうにもぬぐえません。

おそらく理由のひとつは、現ロシア政権(つまりプーチン御大)が最近力を入れている、メディア活用イメージ戦略の影響です。
現在、ロシアが潜在的な主敵とみなしているのはアメリカ・ドイツ・中国で、それぞれ(ていうか特に米独)に対し陰に陽に継続的な挑発を行っています。そこでメディア戦略が…というと一見いわゆる陰謀論ぽく聞こえますけど、たとえば反アメリカ的プロパガンダ・フェイクニュースありあり報道機関『ロシア・トゥデイ』の存在と、その国際的注目度のひそかな高さは現実的に有名です。

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ちなみにロシアvsアメリカといえば、2008年の南オセチア紛争を舞台とした戦争映画でリアルに激突した間柄だったりします。
アメリカの『5デイズ』vsロシアの『オーガストウォーズ』…まさに「別種の世界観プロパガンダどうしの激突」ですね。ちなみにこのときは、アメリカ陣営のほうが、より「敵方を非人道的な存在として」どぎつく描写していたそうです。(知人談)

©Amazon.co.jp 『オーガストウォーズ』はなんだかトランスフォーマーの亜流ぽく見えるが、これは主人公の少年の脳内ワールドの光景で、実際には『5デイズ』と同様の情景が展開される。

©Amazon.co.jp 『オーガストウォーズ』はなんだかトランスフォーマーの亜流ぽく見えるが、これは主人公の少年の脳内ワールドの光景で、実際には『5デイズ』と同様の情景が展開される。



いっぽう、ドイツとその周辺国に対しても、ロシアは各種の「情報的」策動を展開しています。EUやNATOの結束を社会の草の根で揺るがす「ムードづくり」が目的です。現代ドイツの社会システムや伝統的政体を貶めるネタを拡散することは、ドイツ内外のポピュリズム政治活動や極右思想にとって絶好のアシストにもなりますから。
その実態が思いのほかエゲツなくて凄いため、昨年、ドイツ公共放送ZDFは『プーチンの冷戦(Putins Kalter Krieg)』と題した特番を放映し、かなり大きな反響を呼びました。
(ZDFページでは9月後半の再放送準備のためか動画が一時的に消されているようなので、ご覧になりたい方はYoutube版でどうぞ!)

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ドイツ連邦憲法擁護庁の長官が番組内でじきじきにコメントを発しているあたり、事態のヤバさがナチュラルに浮き彫りになっている感じです。
で、難民問題などを援用した「ドイツは偽善社会だ!」的なアピールにしても『ヒトラーと戦った22日間』のような映画製作にしても、これを情報戦略の一環としてみた場合、
論理性ではなく煽情性
の重視という特性で一貫しているのがポイントです。つまり、いわゆる「B層」と呼ばれる顧客が商売のターゲットになっているっぽいわけで、これはポピュリズムの基本のキホンですね。

…と、そんなふうに考えると、ロシアが何故いま、このテーマで、このタッチで「ナチもの」映画を、それも政府の肝いりでつくったのか? 何故、ウクライナ人補助警察部隊(シューマ)の装備とか、ハードウェア面の考証描写が妙に行き届いているのに肝心の中身がアレなのか? などなど、見事なほどいろいろ合点がいくのです。
本作、おそらく建前的には「知られざる歴史、そして人間の真実を知る映画!」的な賛辞で飾られると思いますが、実際にこの映画を通じて学べるのは「プロパガンダ戦術の技法(ただし最新ではない)」であり、そういうメタ的な意味で一定の知的価値を持つ作品だとはいえるでしょう。

…ただし、同じプロパガンダ的情報プロダクトでも、『ロシア・トゥデイ』は、微妙にインテリ向けにつくられている感触があります。やはり「アメリカ」との戦いは特別なのか。その気持ちはわからないでもないけれど。

ときに、今後のロシア戦争映画はどう展開を見せるのか?
ここで、ロシア文化関係でちょくちょくネット上でお世話になっているロシア専門家のJun / Джюнさんから耳よりな情報が!

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タイトルがずばり『T-34』ですか。
ここで、パンター戦車に搭乗する武装親衛隊の「エース戦車兵」がどう描かれるかによって、ロシア映画業界…というか、その上位に位置するビッグブラザーの現時点での意向が窺えるわけです。
ということで予告動画を観てみたところ、冷酷で残虐なナチス親衛隊将校が、捕虜や囚人や女性をネチネチといたぶる光景がバッチリ登場! どうみてもエース戦車兵というよりただの鬼畜です。
本当にありがとうございました。
全体的な印象としては、なんか、古典的なナチス鬼畜収容所ドラマの合間にワールドオブタンクスのCGをグレードアップさせた細密動画をねじ込んでみました的な感じで、微妙な地雷臭が漂います。たぶん戦闘シーン以外のとこではレストアした本物パンター戦車を登場させて、それを売りにするのだろうけど。

©Россия 24

©Россия 24



あと、わずか2分そこそこの予告動画なのに、
・追い詰められた主人公のT-34戦車が起死回生の一発を放つ!
 ↓
・放たれた徹甲弾が地面に当たって絶妙な跳弾となる!
 ↓
・それが、敵パンター戦車の脆弱な車体底面の装甲板(17~30mm厚)を下から貫通して爆発。ナチ野郎をみごとに撃破!
…という、どうも最終決戦のオチっぽい映像を含んでいて、いろんな意味で果たしてこれでいいのだろうかと思ってしまいます。

ということでこの映画、ぱっと見どおり実際に『ワールドオブタンクス』の世界的人気に乗っかって、ついでにミリタリー業界におけるドイツおよびドイツ戦車の人気にクギをさしてやろうという意図が背景にあるのかも、とか軽く思ったり。
まあそれが上手くいくかどうかはわかりませんが、特に日本:ガルパン艦これスト魔女リトアモ、さらに中国から上陸したアズレンドルフロ的な美少女アトモスフェアが満ちる一方、硬派路線では「戦争劇画の第一人者」小林源文先生のドイツ軍無間地獄ワールドで鍛え抜かれた趣味人が集う日本のミリタリー趣味市場に、そもそもそんなベクトルの作品が噛み合うのか? と思わないでもありません。

ちなみにドイツはロシアのこの手の策動を完全黙殺するだろうと予想されます。その姿勢が有効なのかどうかは不明です。
が、もし敢えて何かを対抗的に打ち出すならば、心理洞察エンタメ大国の英国あたりと組んで、「ナチ時代の加害者・傍観者的心理」を高度にサスペンス的に昇華させた作品をつくって世界に打って出てみるのもアリかな、と思ったりする今日このごろです。

【追記1】
『ヒトラーと戦った22日間』の主人公であるユダヤ系赤軍将校捕虜のアレクサンドル・ペチェルスキー(サーシャ)は、ソ連に帰還したのち、悪名高い「捕虜になったことがそもそも祖国に対する裏切りだよ」の罪(外患罪)に問われ、なんとソ連の強制収容所にぶちこまれてしまった。
(彼の活躍を聞いていた)西側諸国が大々的に抗議の声を上げたためになんとか釈放されたが、そのへんの事実について、もちろん本作では華麗にスルーされている。
この点からは、同じロシア作品でも『捕虜大隊シュトラフバット』などと対照的な、本作の「旧ソ連の全体主義体制ヨイショ」的なベクトルが窺える。日本のミリタリー業界でも何気に好評だった(じっさい面白かった)英仏合作コメディ映画『スターリンの葬送狂騒曲』を公開禁止にしただけのことはあるなぁ、今のロシア。と感じてしまう。

【追記2】
ナチ収容所・ホロコーストもの作品でまだ充分に一般化していないが知的な伸びしろのあるテーマとして、先日の『判決、ふたつの希望』評でも言及した「加害者・傍観者的心理」の深掘りがある。
それはたとえばクリストファー・ブラウニングの傑作研究書『普通の人びと:ホロコーストと第101警察予備大隊』で描かれている、「殺しなんか楽勝だぜ! と当初息巻いていた若手SS将校が次々と神経を病んでリタイヤしてゆき、逆に、倫理的葛藤に当初苦しんでいた中年の制服警官たちがだんだん淡々と殺しをこなすようになっていった」的な話だ。
ただし実は、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』でまさにこの問題が的確に描写(主人公のひとりアドルフ・カウフマンの体験)されており、やっぱり手塚先生は凄いなぁと今回あらためて思った次第。日独ハーフの若者がナチス親衛隊情報部に入るのはおかしいだろ、といった考証ツッコミは、この場合ちょっと脇に置いておきたい。

【追記3】
上でちょこっと触れたロシアの戦車映画『ホワイトタイガー』について、やはり言及しておきたい。
この映画は、「歴史を貫いて闘争を続ける、二元論哲学的存在の顕現」としてT-34戦車(&主人公の霊能的な戦車兵)と幻夢的なティーガー戦車が激しい戦車戦を繰り広げる(そして決着がつかない点がすごい。それよりなによりラストが観念的にすごすぎて以下自粛)という、なんだか哲学風味のSFファンタジー巨編みたいな怪作にして傑作だった。でも宣伝活動を戦車オタク業界向けに集中させていた。思えばそこが悲劇だった。
そういえば、この「魔」のティーガー戦車を「東方侵略にとり憑かれたドイツの侵略的意思の顕現」とする見方もあり、それはそれで、かの宮崎駿先生が戦車イラストエッセイに「中世以来のドイツ人の歴史的妄想に『ヨーロッパの守護者』というのがあって、彼らは連綿と東方に」ウンヌン、と書いていたことと一致していて個人的にもアリだと思う。
あと、本当はリアル再現版のティーガー戦車を撮影に使うつもりだったのが、オトナの事情(強度が足りないとか)でインチキくさい改造戦車にチェンジしてしまった点だけがいささか残念。ビジュアルインパクトで、かの『フューリー』を完全に出し抜けたはずだったのに…ブラピは出演しないけど。
この映画の日本公開当時の寸評を見てみよう。

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パンツァーメルヒェン! そういうのもあるのか。
というか速水螺旋人さんの「すごい戦車伝奇映画」という評言がスーパー的確で、まさにそのとおりの傑作なのだけど、いま改めて考えてみても、マーケティングというか売り込み方の正解が存在しない「難物」だったように思える。
そのへんいろいろと課題を残してしまったことが、もしロシア戦争映画にネガティブな開き直りをもたらして、ステレオタイプの要素集合みたいな作品づくりに走らせるようになった面があるのだとしたら、とても残念でならない。
ちなみに『ホワイトタイガー』に出てくるドイツの戦車兵将校(捕虜)が、「ドイツ軍陣営でもあのティーガーの所属と正体は謎で、みんな困惑してるんだ!」と取調官に真顔で訴える、武装親衛隊なのに普通の常識人キャラだったのが妙に印象的。あと、主人公の面倒をみるベテランの政治将校が…
…ううむ、やはり書き足りない。『ホワイトタイガー』については別途ちゃんと書きたい気がする。それだけの底力を持つ作品だった。

【追記4】
本作について、先に本文で「ハードウェア面の考証描写が妙に行き届いている」と書いたところ、考証担当氏から「甘い!」とお小言が。
曰く、収容所の監視塔から警備兵がマシンガンを撃ちまくる場面があって、当時のドイツ軍が使用していたMG42という機関銃が画面に登場するんだけど、MG42は最新の高性能兵器で前線から切望されており、1943年当時は常に品薄状態にあった。あんな戦線後方の収容所の監視塔ごときに配備されるとは考えにくい。小道具としてあそこに置いておくべきは、せいぜい一世代前のMG34だろう。場合によっては骨董品のMG08/15機関銃を置いていた収容所も実際にあるし…などなど。
ううむ、オタク知識の奔流は恐ろしい…。

【追記5】
ちなみに、ナチ・ドイツ絡みという縛りを抜きにした場合、個人的に現時点でロシア戦争映画のザ・ベストは『コーカサスの虜』(1996年)です。文豪トルストイの短編を、20世紀末のチェチェン紛争を舞台に翻案した作品。
どんなにロシアが嫌いな人でも、死ぬ前に一度はこの映画を観といた方がぜったいイイと思う!
あのラスト数分の痛切な詩情は、真のロシアの魂からでないと出てこない圧倒的なナニカだと思う。

『ヒトラーと戦った22日間』は、公式サイトはコチラです。

ということで、今回はこれにて Tschüss!
(2018.09.05)

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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