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ヨーロッパ人がすごく気にしているテーマの一つを描く映画『判決、ふたつの希望』

©Tessalit Productions

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ヨーロッパ人がすごく気にしているテーマの一つを描く映画『判決、ふたつの希望』

本作、キャスト的にもスタッフ的にもドイツ人は関わっていない(主人公の一人が怪しいドイツ車修理ガレージを経営しているのだがそれは余談だ)し、言語文化的にはフランス系の作品ですが、それでも私は敢えてこの映画をこの場でオススメします。なぜかといえば、
① 映像作品・ドラマとしての出来が素晴らしい
② ヨーロッパ人が気にしているテーマをダイレクトに扱っている
という点が実にストライクだからです。

「ヨーロッパ人が気にしているテーマ」とは何か?
この場合それは、いわゆるアラブ文化圏、その不安定さや気質の激しさ、頑固さのイメージはどこから来るのか、根底にいったい何があるのか? また、中東の「難民」たちの内面心理とは? というものです。レバノン人の手になる本作は、そういった不安・偏見含みの欧米的関心に対する、アラブ世界側からのひとつの回答のような内容です。
ありていに言えば、もし知人のドイツ人と世界情勢について語るなら、ドイツ映画よりもこういう映画を話題にしたほうがより価値ある議論が出来る場合もありますよ、という感じです。

©Ezechiel Films,Tessalit Productions,Rouge International,Douri Films

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作品の概略については公式サイトをご参照。
イスラエルを横目に見ながらやむない事情で共存しているキリスト教徒(一般市民)とイスラム教徒(難民労働者)の間で発生した「些細な」きっかけでのケンカが、周囲のいろいろな思惑を吸収しながら雪ダルマ的に膨れ上がり、次第に社会的、政治的なオオゴトと化してゆく。決着は裁判所の審判に委ねられ、そして、最終的に判明する被告・原告、双方の人生の「真実」とは…!
というもので、心理劇・法廷劇として出色の出来。なんといっても、出演俳優の演技力とキャラ立ちぶりが素晴らしいのです。

©Ezechiel Films,Tessalit Productions,Rouge International,Douri Films

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本作の優れた特質の一つは、「アラブ社会的な事情(必要以上の男性的マチズモなど)」を描く反面、「本質的にはどこででも発生しうる話」という、一般論的な骨格がしっかりしている点です。
中東の社会的不安定さについては宗教的対立を根拠に説明されることが多いですが、本作は、宗教が「対立の口実」として使われるケースも決して少なくないことを暗示していて、そこが必見なのです。
そんな状況下、そもそもが個人的だったはずの問題を「社会的・政治的に」利用しようとする勢力がどこからともなく出現してくる、とらえどころのない不気味さ。そして、その不気味さをちゃんと感じて抵抗しながらも、最終的には組織的な濁流に呑まれてしまう主人公たち「個人」の脆弱さ…この、内的な不安によって外部の大きな流れに身を任せてしまう心理描写がとてもよい!

©Ezechiel Films,Tessalit Productions,Rouge International,Douri Films

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そしてもうひとつ、大きなポイントといえるのが、「加害者視点」のリアリティでしょう。
「あとさきを考えず、勢いでつい言ってしまった…」これは本作のジアド・ドゥエイリ監督自身の「加害的差別」体験をベースとしているそうで、それだけに、あとあとの後悔も含めて説得力と凄みを感じさせます。
そういえば近年のナチもの映画でも、『ヒトラー最期の12日間』『帰ってきたヒトラー』そして最近の『ゲッベルスと私』と、加害者・傍観者的な観点から「悪」を照射する作品に傑作・秀作が多いように感じられます。一見そうは見えないけど、実はゲシュタポ捜査官が隠れ主人公だった『白バラの祈り:ゾフィー・ショル、最期の日々』も、この系譜に含まれる作品といってよいかもしれません。

©Ezechiel Films,Tessalit Productions,Rouge International,Douri Films

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おそらく、絵に描いたような善玉が絵に描いたような悪玉をぶちのめすような作品は、知的に飽きられてきているのです。もしくは、現実の混沌を前に、物語としての説得力を失っているというべきか。
これは今後、フィクションで社会問題をいかに描くかを考えるときの、要点のひとつとなるでしょう。

…と、本作はかなり現代的心理表現に踏み込んだ作品なのですが、逆に、「目と目だけで通じ合う男のココロ!」みたいな、古き佳き80年代的な場面がドーンと出てきたりもします。
だがそれがいい!!!
そう、情報過多で神経が擦り切れながら、人間心理について変化球な解釈がデフォになってしまった我々にとって、こういう描写はむしろ「映画の醍醐味」に通じる一服の清涼剤。情景的にアンリアルでない演出となっている点がまた良し!

ということで、非常にオススメの逸品なのであります。

©Ezechiel Films,Tessalit Productions,Rouge International,Douri Films

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さてしかし、この映画、アラブ周辺諸国の方々の視点から見るとどうなんだろう? 「レバノン=アラブ」ではないわけだし、また作中、たとえば右派団体「レバノン軍団」のボスが実はいいヤツだったりする部分とか、何気にオトナの事情的なウラオモテもありそうだし…ということで、TVの情報番組などでときどきご一緒する、レバノンの隣国シリア出身のジャーナリスト、ナジーブ・エルカシュさんにうかがってみました!

「あの映画はね、作品としては本当に、本当に素晴らしい。けど、スタッフや出演者がね、けっこう、シリアをディスるようなレバノンの国策番組をつくっていてね。それを考えると、ちょっと手放しでは賞賛できないんだ…」

©BS-TBS

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なるほど! この見解も素晴らしいです。
やはり何事も、美しい要素だけで成り立つ物語では済まされないのだ。
ナジーブさんの見解をバッチリと踏まえ、かつ、一歩ひいた神経的距離から『判決、ふたつの希望』の素晴らしさを120%満喫することが、情報過多時代の「よき」知識吸収姿勢といえるのではないかな、と思ったりした次第です。

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映画『判決、ふたつの希望』は、2018年8月31日よりTOHOシネマズシャンテほかで全国順次公開予定! 公式サイトはコチラです。

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2018.08.30)

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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