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映画『帰ってきたヒトラー』:気になったらマスト観るべし!

©2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co.

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映画『帰ってきたヒトラー』:気になったらマスト観るべし!

前回記事で少しご紹介した、映画版『帰ってきたヒトラー』
観る前に原作小説を読むべきか、観てから読むべきか、あるいは読まなくてもおっけーか? 1945年、死の瞬間にタイムスリップして現代に蘇ったヒトラーが社会を侵食して行くという大筋では同じはずだが…
と、そのあたりが気になる方もいらっしゃると思います。結論を言いますと、

片方でも大丈夫だが、両方味わえば滋養分4倍。順序は問わない!

なのです。
原作小説は、基本的にヒトラーの内面描写、というか、「ヒトラーの主観フィルタを通した」一人称の世界描写の連なりで成立しています。そこで緻密に描かれる「まあ、このくらいはアリだよな。許容されちゃうよな」っぽいヤバい本音の蓄積と巧みな運用が、やがて、ある種の魅力を帯びた巨大な非理性的システムの構築につながる、というヴィジョンを浮き彫りにしてゆきます。つまり、社会変動で「巻き込む側」の視点に立脚した物語といえます。

©2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH

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対して、映画版は群像劇としての側面を備え、「巻き込まれる側」の視点に重心を置いた造りとなっています。その極みといえば、「復活ヒトラー」最大最強の敵となる俗物TVプロデューサーのゼンゼンブリンク氏が、ヒトラーとの戦いの中でおもいっきりヒトラー化してしまう場面。ヒトラーの仇敵がヒトラーになってしまう皮肉!(ついでに言えば、『ヒトラー最期の12日間』の名場面のすごいパロディも仕込んである!^^) あれは映画独自の演出ですけど、「われわれの中のヒトラー」という重要な命題を、鬼気迫る説得力で具体化したビジュアルとして見のがせません。快挙です。ある意味、本作の真のハイライトになっているとさえ言えるでしょう。

…と、このように映画版『帰ってきたヒトラー』は、原作のあらすじをなぞったり面白おかしさを強調するのではなく、大胆なアレンジを加えながら、原作の「ほんとうに重要なこと」を別角度から強烈に具体化した作品なのです。デヴィッド・リンチ的というかフィリップ・K・ディック的な現実崩壊の流儀を援用し、「醒めない悪夢」感を端的に強調した演出もナイス。原作と映画の双方に触れた上で、初めて内面で立体視可能となる何かがある。傑作です。マスト観るべし! です^^

ちなみに映画版で大活躍する、出世主義者でクソ野郎の俗物ゼンゼンブリンク氏。彼を演じるクリストフ・マリア・ヘルプストは、実はなんと原作オーディオブック版で「ヒトラー声優」となり、そのリアルさと表現力の豊かさで大絶賛された俳優(元々ドイツでは名優として超有名)です。なお、彼は映画版の主演のオファーも受けましたが、これはさすがに固辞したとのこと。
ゆえにあの問題シーンは、「原作ヒトラーvs映画ヒトラー」という一面も含んでいるわけです。だからこそのあの渾身の演技! なのかもしれません。そういう知識を踏まえて観ると、知的な旨味が倍加致します。

Christoph Maria Herbst:300 Worte Deutsch Ⓒ DCM (Vertrieb Universum Film)

クリストフ・マリア・ヘルプスト。『帰ってきたヒトラー』で使用可能なビジュアルが存在しないので、別作品から引用。この表情だけでも、彼が只者でないのは一目瞭然! Christoph Maria Herbst:300 Worte Deutsch Ⓒ DCM (Vertrieb Universum Film)



ビジュアル作品となって改めて気づかされるのが、本作におけるヒトラーが「徹頭徹尾、狂ってはいるけど憎々しげではない」という点ですね。たとえユダヤ人を目の前にした瞬間でも…そう、まさにそこが重要なのです。後世のためにも善悪を単純化して描いてはいけない。実際の巨大な悪は、まさにこんな顔をしてやってきて、同情心にあふれた(ように見える)表情で精神を浸食してゆくのですから。
ゆえに、日常的にありがちな、あるいは単純化された善悪の図式にしか対応できない者は、この「本物」ヒトラーに正しく対応できない。その様相をリアリティ豊かにハッキリ描いて見せたことこそ、小説・映画を通じた本作の最大の意義かもしれないと思います。

『帰ってきたヒトラー』の賛否両論な大ブームが示しているのは、従前・旧来型の「反ナチ」言説の多くが実効性という面でとっくの昔に耐用年数切れとなり、今やリベラル業界内の自己満足の道具に成り下がっている、という現実です。この現実を直視するか否か、直視するならその上でどうするのか…本作を通じ、社会史的な理性はそういった厄介な、しかし避けようの無い問いかけを受けているといえます。
そう、ナチズムを真摯に考察するというのは、本来的にはまさにそういう道に沿った知的行為のはずなのです。『帰ってきたヒトラー』はその問題意識を的確に、強力にかきたてた…そして次に来るのは何か?

難民問題、そしてヨーロッパ諸国との駆け引きが続く中、ドイツの文芸・ビジュアル文化の展開は、本当に目が離せなくなっているといえるでしょう。

【お知らせ】
先日執筆しました『帰ってきたヒトラー』文庫版解説について、河出書房新社の「Web河出」に掲載いただきました。
http://web.kawade.co.jp/bunko/570/
ドイツ人読者の視点による本作の所見として、ご参考になれば幸いです。

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2016.05.27)

※映画『帰ってきたヒトラー』は、2016/6/17(金)からTOHOシネマズシャンテ 他全国順次ロードショーです!
※今回記事執筆に当たりましては映画『帰ってきたヒトラー』配給のギャガ様、および原作小説出版の河出書房新社様から多大なる御協力をいただきました。深く御礼申し上げます。

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。 まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

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