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『帰ってきたヒトラー』文庫化! そして映画版日本上陸!

Ⓒ河出書房新社

『帰ってきたヒトラー』文庫化! そして映画版日本上陸!

ドイツだけでなく日本でも超話題作となった、あの禁断の傑作小説『帰ってきたヒトラー』が2016年4月、文庫化しました。そういえば、このブログでも過去2回取り上げている(1回目und2回目)わけで、縁が深い作品です。

原著出版から4年、日本語ハードカバー版発売からも2年経ち、本作の存在価値はどう変化したか? まあ、現実に照らせば色々ほころびが生じてきているかねぇ…といえば、幸か不幸かまったく全然そんなことはない! ヨーロッパ全土を覆った難民流入問題などを経て、むしろ本作の社会的予見の鋭さがいろいろな形で証明されてきているのが実態です。「こんな世情だと、これこれの特徴を持った奴がダークサイドで台頭してくるよ!」という、道理と人間観の描写が的確だったのですね。

その最たるものが、ドレスデンからドイツ全国に波及した、反移民主義を唱える右派市民団体「ペギーダ」の盛り上がり、というかその中心人物ルッツ・バッハマンの活動です。彼の主張には「既存マスコミはウソつきだ。真実はネットにこそある!」という前提が存在し、その反マスコミ主義を、場合によってマスコミ自体を巧みに利用しながら拡散するのが特徴です。また、日常的な「誰でもウンと言わざるをえない」ミニマム道徳的な要素の積み重ねによって、極右思想を論理的に正当化する名人でもあります。まさにこれぞ「帰ってきたヒトラー戦術」の核心! ということで…

「彼」は、意外とすぐ近くまで来ている!

HITLER02

Ⓒ河出書房新社



と言えるでしょう。
こう言ってはナンですけど、旧来的な一般市民を「ネット民」化させるプロフェッショナルの存在が、昨今、保守ナショナリズム運動の成否を分けているような気がします。非リア充としての立場を強制的に自覚させてしまうというか。
そう、2ちゃんねる的なものに対する免疫がないドイツ社会にて、バッハマンの流儀は確実に社会に浸透し、心理的成果を挙げ続けているのです。

ちなみに本書の最初の発売時点では、ヒトラーを「わかりやすい絶対悪として描かない」なんてことが許されるのか! みたいな議論にもそれなりの意味と重みがありました。今となっては懐かしいです。
上記したように、現在はそんな眠たいことを言ってられる状況ではない。インテリたちの空疎な議論を実利的な現実性が軽く追い抜いている。にもかかわらず、今なおマスコミには空論で自己満足に浸るインテリが多数登場しているのです。うーん、ワイマール時代のナチス台頭期というのもある意味こんな感じだったのかなぁ、と思うと、地味に静かに恐怖が募ります。

ということで、ドイツだけでなく、現代社会の言論にひそむ危険性を思考するための材料として、本書の存在価値はむしろ倍加しているといって過言ではないでしょう。ちなみに今回、文庫版の出版にあたって私は巻末解説を書かせていただいております。ドイツ人による作品および背景の分析として、読書のお役に立てれば嬉しいです。
※【追記】上記の巻末解説について、河出書房新社の「Web河出」に掲載いただきました。
http://web.kawade.co.jp/bunko/570/
ドイツ人読者の視点による本作の所見として、ご参考になれば幸いです。

…そして!

©2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH

©2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH 総統の現実キャッチアップ能力は凄いのです。



ドイツで文化的旋風を巻き起こした、映画版『帰ってきたヒトラー』がついに2016年6月、日本で公開されます。まさに待望の上映。日本でもサブカルチャー領域からメインカルチャー領域まで、文化界から多大な注目を浴びつつあります。そして敢えて断言しましょう。

映画の出来は、素晴らしいです!

原作を忠実に映像化したというよりも、原作の問題意識の核心を的確に強調・再構築した感じ。その思い切りの良さ、そして映像ならではの表現の鋭さ・巧みさ・恐ろしさが観客を圧倒します。
吉川美奈子さんによる字幕翻訳もバッチリ。原作を読んだかどうかに関わらず満喫できます。もちろん予備知識なしでも知的好奇心を満たせる内容ですが、もともとナチス・ヒトラーや第三帝国、そして現代民主主義社会が抱える諸問題について意見や見解のある人ほど、深く深く深く満喫できる素晴らしい仕様になっております。
そのあたりのインパクトの本物ぶりは、たとえば、カリスマライターのマフィア梶田さんの試写会インプレッションツイートに端的に表れています。

MAFIAKAJITA01

いかがでしょう、この「いわゆるお仕事」ではないガチなコメントの輝き!
あの梶田さんからこの言霊感を引き出した、という事実ひとつだけでも本作の底力がうかがえようというものです。

とにかくこの映画、これまでのナチス・ヒトラー絡み作品の「ありがち感」を完全に吹き飛ばす恐るべき内容。特に、過去、それ系映画に満足できなかった貴兄に贈りたい。そういう皆様もそうでない皆様も、見るべし。本当に見るべし。
本稿では本作の内容、および日本公開の展開について継続してご紹介する予定です。乞うご期待!

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2016.04.24)

※今回記事執筆に当たりましては河出書房新社様、および映画版『帰ってきたヒトラー』配給のギャガ様から多大なる御協力をいただきました。深く御礼申し上げます。ちなみにこれはステマではありません。だって隠してないし。というか、本当にイイものは広めなくてはいけないでしょ!^^

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。 まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

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