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翻訳ミステリ最新動向!~第6回翻訳ミステリー大賞コンベンション参戦記~

Harald Gilbers:Germania Ⓒ Knaur TB

翻訳ミステリ最新動向!~第6回翻訳ミステリー大賞コンベンション参戦記~

翻訳ミステリー大賞は、前々年11/1から前年10/31までに刊行された海外ミステリの中から、2回の投票を経て決定される非常にコアなベストオブベスト賞です。そもそも投票資格が「フィクションの訳書がすでに少なくとも一冊ある者、またはそれに準ずる訳業のある者」というあたり、すでに極め感がただよいまくってますね~(笑)
そして大賞コンベンションは、その第2回投票(決戦投票)の開票をお祭り化したものです。年に一度の「総本山イベント」として、全国のコアなミステリファンの巡礼先にもなっており、濃すぎながらもいろいろと面白い展開に満ちております。

今回、第6回大賞コンベンション(4/25)の要綱はこちらをご参照。
事前の最大の注目は、国内外の賞7冠制覇、驚きの40万部超の大爆発ヒットにより翻訳小説界を席巻したフランス発のサスペンス『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)の8冠なるか?…

ダブル受賞に輝いた『秘密』編集者&翻訳者コンビ! ちなみに書影の下に貼ってあるのは得票表示用のエドガー・アラン・ポーの似顔絵で、大きなポー顔は10票を示す。 ⒸMarei Mentlein

ダブル受賞に輝いた『秘密』編集者&翻訳者コンビ! おめでとうございます! ちなみに書影の下に貼ってあるのは得票表示用のエドガー・アラン・ポーの似顔絵で、大きなポー顔は10票を示します。開票しながらこれが次第に貼られていくときの緊迫感は独特です。 ⒸMarei Mentlein



…だったのですが、いざフタを開けてみれば『アレックス』まさかの低迷! 開票は、『秘密』(ケイト・モートン)vs『もう年は取れない』(ダニエル・フリードマン)の壮絶な英語圏デッドヒートとなりました。その結果、僅差で第6回大賞を受賞したのは『秘密』。東京創元社さんおめでとうございます。といっても、上位3位までぜんぶ東京創元社の作品だったりするわけで、業界王道的な底力のすごさを改めて感じずにいられません。ちなみに『秘密』は翻訳ミステリー読者賞とのダブル受賞となったため、翻ミス完全制覇なのですね。

ちなみに今回のトレンドとして、投票者コメントにて、また開票前の書評七福神メンバーの鼎談でも感じたことですが、老人力の輝きというキーワードの浮上が挙げられます。フリードマン『もう年は取れない』の健闘はまさにその表れでしょう。これは社会情勢とのリンクからも興味深い点ですが、そういう理屈はともかく、言葉を超えた何ともしんみりした共感が会場に満ちていたのがとても印象的でした。

なお、『その女アレックス』の影が今回まったく薄くなったのかといえば、そういうわけでもありません。現場でフランスミステリ翻訳コンテスト授賞式が行われたり、あと私自身も七福神鼎談コーナーの中で、『その女アレックス』が巨大ミステリ市場ドイツでなぜ全然ウケなかったのか? の解説を行ったりしました。そう、日本と対照的にドイツではまったく評判にならなかったのです。著者ルメートルがドイツで無名というわけでもないのに…
これは端的にいえば、状況描写や語り手の視点に整合性を求めがち(その点をクリアしないとそもそも中身を嗜むモードに入ってくれない)で、長文を愛する傾向の強いドイツ読者のフィーリングに『アレックス』の語り口が合わなかった可能性が高い、ということになるのですが、とにかく比較文化的に興味深い現象だと思います。

『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース/酒寄進一 Ⓒ集英社 (この表紙はまだ仮版です)

『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース/酒寄進一 Ⓒ集英社 (この表紙はまだ仮版なので、発売時には微妙に変更となる可能性があります)



また、各出版社の担当編集者が5分のリミットで「自信の自社近刊」のプレゼンをぶつけあう「出版社対抗ビブリオバトル」、実は今回、ここでドイツミステリが躍進しました。集英社から本年6/25に刊行予定の『ゲルマニア』(リンクは原書)が居並ぶ強豪を制し、みごとチャンプ本となったのです。

『ゲルマニア』(ハラルト・ギルバース)の舞台は1944年、戦時下のベルリン。連続猟奇殺人事件の発生に手を焼いたナチス親衛隊(当時、警察組織を吸収していた)が目をつけたのは、なんとユダヤ人のもと敏腕刑事。捜査終了までは人権が保障されるという条件で警察に復帰した彼は、複雑怪奇なナチス権力構造を縫うように捜査を進めてゆく…

という内容で、翻訳はおなじみ酒寄進一さん。実は私も考証面でお手伝いしました。ドイツものだからという理由で勧めるのではないのですが、これは本当に良作なので、皆様ぜひお読みください!(実際にいいものは遠慮なくオススメします!)

さて翻訳ミステリー大賞コンベンション後半は、企画部屋タイム。
私は今回「マライが行く! 世界ミステリ見聞録」というタイトルで、ヘニング・マンケルの傑作北欧ミステリ『ヴァランダー警部』シリーズの舞台であるスウェーデン南岸の町、イースタへの小旅行のビジュアル体験記をご紹介しました。そう、イースタは私の実家であるキールから割とご近所なんですね^^

北欧ミステリ部屋の情景。左からベイェ氏、私、若林氏。ちなみにスクリーンに映っているのはミステリにあふれかえるドイツ書店の平積棚。 ⒸMarei Mentlein

北欧ミステリ部屋の情景。左からベイェ氏、私、若林氏。スクリーンに映っているのはドイツの書店の平積棚。 ⒸMarei Mentlein



司会は『ミステリマガジン』誌などで活躍中の書評家である若林踏さん、そして、スウェーデン大使館の広報担当官であるアダム・ベイェさんがゲストという布陣です。
ミステリ作品を通じて北欧のイメージをもっている観客の皆様に、その舞台背景のビジュアルや空気感、生活感といったものをご紹介し、比較文化的な知的好奇心を刺激できればいいなというのが趣旨です。
現場ではなんといってもベイェさんが面白すぎて素晴らしかったです。狙っているのか天然なのかよくわからない強みが満開。喩えと断言の気の利いた愉快さは知性の盛り上げに不可欠だなー、と痛感しました。

…というわけで、今回、運営の皆様には本当にお世話になりました。ありがとうございました。
参加者全員、最後の懇親会(餃子屋さんに100人近くいたような気がする)までテンションがそのままだったのがスゴイです。来年はどうなるんでしょうか。楽しみです。

歴史群像 Ⓒ 学研

歴史群像 Ⓒ 学研パブリッシング



【ドイツミステリ周辺情報!】
2015/5/7発売の学研『歴史群像』誌6月号、モリナガ・ヨウさんのイラストエッセイ連載『迷宮歴史倶楽部』に私が出演しています。「戦時下伯林、刑事の服装を大捜査」というタイトルで、ゲレオン・ラート警部シリーズや上記『ゲルマニア』の時代を中心に、ドイツ警察(と周辺のアレコレ)を紹介する内容です。
実はモリナガさんがもともとゲレオン・ラートのファン(『ゴールドスティン』まで読破!)なので、たいへんノリノリな展開。濃厚なビジュアル展開が楽しめる内容となっておりますので、ぜひご一読を!^^

ではでは、今回はこれにて Tschüss!

(2015.5.6)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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