照明デザイナーになり、ドイツの会社に就職 大橋麻未さん
私たちはふだん、照明についてあまり深く考えることはないかもしれません。しかし、快適な空間には、必ずふさわしい照明があるものです。
今回はドイツの大学院で照明を学び、現在ベルリンの会社で建築の公共施設の照明計画を担当している大橋麻未(おおはし・まみ)さんにお話をうかがいました。これまで東京・シンガポール・ニューヨーク・ヴィスマールとグローバルに活動してきた大橋さん、いったいどんな経験から照明デザイナーになったのでしょうか。
高校留学で初めてドイツへ
大橋さんは現在28歳。ベルリンの会社で、照明デザイナーとして複数のプロジェクトに携わっています。アジアやアメリカなど各国で勉強とインターンを続けてきましたが、生まれて初めて住んだ外国はドイツでした。
ドイツとの出会いは、高校2年生のとき。当時は岐阜の公立進学校に通っていましたが、周囲の環境が受験勉強か部活動の二択しかないように感じて、別の道を求めたのがきっかけでした。大橋さんのお母さまは自宅で英語塾を開いており、ホストファミリーとしてスイス人を迎えていたことも後押しして、「英語圏以外のヨーロッパの国に行きたい」と希望し、1年間のドイツ留学が叶いました。
ドイツではいきなりラインラント=プファルツ州のギムナジウムに入学することになり、言葉の面でも授業内容の面でも大変でしたが「この経験があったから、ドイツの大学院でも学べたのだと思います」と、大橋さんは振り返ります。
日本の大学で建築を、ドイツの大学院で照明を学ぶ
ギムナジウム留学中にベルリンを訪れ、都市や建築に興味を持ちはじめたことから、帰国後は日本の大学で建築設計を選択。建築分野では大学院進学率が多く、大橋さんも大学院を目指すことに。しかし、勉強する場所は日本ではなく、海外と決めていました。
「日本でできないことを、海外の大学院で勉強したかったんです。照明を選んだのは、設計以外にもう一つ強みがあればいいと思ったのと、あまりほかの人がやっていない分野だからという理由です。『ブルーモメント』と呼ばれる、照明がいちばん美しく映えるとされる日没前の青い夜空が広がる時間帯が好きだったこともありますね」
そこで大学卒業後に、まずシンガポールとベルリンの照明デザイン事務所でインターンを経験しました。
その後ドイツの大学院へ。
「ほかの人がやっていない分野」と言う通り、ドイツで照明(アーキテクチャーライティング)のマスターコースがあるのは、ヴィスマールにある単科大学のみ。照明の歴史・種類・波長と人間に及ぼす影響など、技術からアートまであらゆる方面から学びました。カリキュラムは2年制で、1年目は講義と課題制作、2年目はインターンと論文という内容でした。
2年目のインターン経験では、「インターン時期の今ならどこにでも行ける」と、大学の教授を通して照明界で有名なニューヨークの会社にアプライ。そこでのインターン経験と大学院での成果が認められ、昨年7月の大学院卒業を待って、8月に現在のベルリンの会社に入社しました。
照明デザイナーとして、ヨーロッパに住むことのメリット
大橋さんの仕事は、建築会社とコミュニケーションを取りながらの照明設計。 オフィスや美術館、サッカースタジアムのVIPラウンジやホテル、レストランなど、公共施設から商業施設まで、建築用途は多岐にわたります。 「多様な建築の照明を手がけているので、今後のキャリアにプラスになると思います」
と、大橋さん。
ヨーロッパで暮らすことは、照明設計をする上でメリットがあるとも。
「ヨーロッパはアジアに比べて、公共施設で照明デザイナーが関わるプロジェクトが多いです。室内へのこだわりが強いので、照明にも気を配るからでしょう。教会や古い建築のリノベーションなど、ヨーロッパならではの仕事を担当できるのもいいですね。照明メーカーの多くはヨーロッパにあるので、照明の選択肢が多いことも魅力です」
中には10年間続くプロジェクトもあり、その場合は関係者全員が内容を把握できるようにサーバーを共有しているそうです。こうした息の長い仕事は、いかにもヨーロッパだと感じます。
ワーク・ライフ・バランスが取れた働き方
大橋さんの勤務時間は9時から18時。夜の現場チェックなど例外的な仕事以外は、ほぼ毎日定時に退社。18時30分まで残ることは年に数回程度で、「仕事内容とプライベートのバランスは、ドイツがいちばん取れている」と感じているそうです。
なぜそうした働き方ができるのかといえば、薄利な注文や急な締切の仕事を会社として受けないことと、社員それぞれが各プロジェクトの各段階で何時間かけたかを1週間ごとにソフトウェアで細かく記録するからではないか、と大橋さんは言います。ドイツの会社には残業がほとんどないと日本で聞くことがあるかもしれませんが、それは仕事量自体が少ないわけでも、勤務時間が短いわけでもないことがわかります。
ちなみに、勤務時間などの条件は個人と会社間の契約によってそれぞれ異なりますし、職種によって働き方は異なります。
仕事はチーム単位。現在社内には3つのチームが存在し、大橋さんのチームメンバーは6名。上司とはDu(敬語ではなく親しい間柄で話す親称)でフラットな感覚で話せています。
ドイツの会社ではありますが、スタッフはドイツ人と外国人の割合が半々のため、言葉もドイツ語と英語の2ヵ国語を使っています。仕事内容にもよりますが、私が多くの方にインタビューをしている限り、ドイツでも英独2ヵ国語を求められることは多いようです。
会社との契約は最初は1年間でしたが、契約更新時のミーティングの結果、次回からは無期限契約になる予定です。大橋さんだけに任されるプロジェクトも始まったそうで、仕事の成果が評価されている様子が伝わってきました。
これから照明デザイナーを目指すなら
大橋さんのお話から、照明デザイナーに興味を持つ方もいることでしょう。照明設計の仕事に就くには、大きく2つの道があるそうです。
一つはプロダクトデザインから入る道。ただこの場合は、照明設計よりは照明器具そのもののデザイナーになるほうが有力です。
2つ目は大橋さんのように建築分野から入る道。仕事上図面を読む能力、描く能力が必要なので、建築を勉強したこと抜きに今の職業は考えられないと言います。
このコーナーを読んでくださっている人は、留学にも興味があると思います。留学するのなら大学院からがいいのでしょうか。それとも、大学から留学する選択肢もあるのでしょうか。
「もし語学力があるのなら、大学から海外へ行くのもいいと思います。ただ、大学で留学するとなると高校時代から計画する必要があるので、そこまで考えられる人は少ないかもしれません。日本の大学で専門を学ぶことで方向性が見えてくるので、大学院からなら留学しやすいと思います」
現在大橋さんは、数年単位で続くプロジェクトを担当中。その完成を見届けたいと、楽しそうに話してくださいました。