ベルリンの壁崩壊から30年。東ドイツと西ドイツの違いを比べてみた。
ベルリンの壁崩壊から今年で30年。しかし、いまだ東ドイツと西ドイツには様々な違いがあり、そして残念なことに「心の壁」は消えていないような気もします。
ここ数年、その東と西の「みえない壁」「東と西の違い」がドイツのメディアでは大きく取り上げられることが増えました。
その理由は「右傾化」です。
「旧東ドイツが右傾化している」とメディアが騒ぎ始めたのは、メルケル首相が難民の受け入れを表明した2015年の頃。
2014年に結成された「PEGIDA ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者)」のドレスデンのデモ。
そこでは、旧東独のデモで東西統一を求める時に叫ばれた「Wir sind das Volk(我々こそが人民だ)!」
という言葉が「俺たちこそが国民だろ(なんで外国人を助けなければいけないんだ)」という意味を含ませながら、叫ばれていました。
そして、2013年に反EUを打ち出して結成された右派ポピュリスト党、AfD(ドイツのためのもうひとつの選択)が反難民という追い風を受けて、急激に、特に旧東ドイツ側で票を集めはじめました。
このあたりから、ドイツのメディアは「東はどうしたんだ!?」と言い始め、急に「東ドイツと西ドイツの違い探し」をやりだしたという印象があります。
私の個人的な印象ではありますが、ドイツのメディアはリベラルで「難民や移民の受け入れに好意的でないなんて、ドイツ人ではない」と信じていたように思います。
「ドイツ人ではない」現象が起こったことで→ 西側では有りえない→東ドイツの人らはどうした?!と発想し
「難民の受け入れに好意的でないなんて、教育が足りてないんじゃないか」
「そういうことを言うドイツ人は、現在の経済状況に不満を持っている→失業者や貧しい人なんじゃないか」
と、東ドイツの人=失業者や学歴の低い人 とも取れるような報道も見受けられました。
しかし、本当にそうなんでしょうか。
東と西が統一し30年も経っているのに
「Deutsche zweiter Klasse 2級ドイツ人」とみなされることがある
ドイツの文化や歴史を語るとき、東ドイツの話はたいてい無視されている
ー様々なことが、東側の劣等感を強め、既存の政党への不信感、分断を煽っている要素なのではないかと感じることもありました。
9月1日、旧東ドイツのザクセン州とブランデンブルク州で州議会選挙が行われます。
今回注目されるのは、この右派ポピュリスト党AfDが第1党になるかどうか。AfDは、今回の選挙ではあからさまに「東ドイツ」を煽る形で、「Wende 2.0(Wende-転換 旧東ドイツにおける、ベルリンの壁崩壊からの政治的な転換を指す。)などと書いた垂れ幕を貼って大々的にアピール。
しかし、ここで注意したいのは「東の政党」という目で見られがちなAfDですが、党員が東の人というわけでもないことです。
例えば、今回の州議会選挙の鍵を握るAfDブランデンブルク州トップのアンドレアス・カルビッツはミュンヘン出身で、ミュンヘンでもともとCSU党員だった人物が始めた極右政党Die Republikanerに所属していました。
AfDの中でも極右グループを率いるビョルン・ヘッケも西側、NRW出身で、ヘルムート・コールに感激して14歳の時にCDUの青年団組織ユンゲ・ウニオン (Junge Union) に属していたとか。
党首の一人である、アレクサンダー・ガウランドなど東ドイツ出身者もいますが(もう一人の党首、ヨルク・モイテンはエッセン出身で西の人)東の人が率いている政党、というわけではなく。
しかしメディアは当初東と西の対立構造として簡単に説明していました。
今回の選挙に当たってツァイト紙や、シュピーゲル誌などでは、東と西を比べる特集が組まれ、統計でその差を可視化しようと試みています。さて、そこから何が見えてくるのかー?
それらの記事を参考に、
今回は東と西に関する様々な数字をみていこうと思います。
人口>
旧西ドイツ地域 6680万人
旧東ドイツ地域 1620万人
面積>
旧西ドイツ地域 248510 km2
旧東ドイツ地域 108594 km2
人口における65歳以上の割合>
旧西ドイツ地域 20,7 %
旧東ドイツ地域 24,8 %
移民の背景を持つ人口の割合>
旧西ドイツ地域 26,5 %
旧東ドイツ地域 6,8 %
「外国人、移民に慣れていないから、移民や難民に対する反感が強い」というのは、やはりありそうですね。
2018年の外国人の割合と1991年と2018年を比較しての変化(州による比較)を見てみると、割合的には旧東側が圧倒的に低いんですが、東西ドイツ統一してからの増加率がハンパないです。
ベルリン 21,9 % 増加の割合〜 +124
ブレーメン 19,3 % +90 (旧西独)
ヘッセン 17,4 % +62 (旧西独)
ハンブルク 16,9 % +45 (旧西独)
BW 16,1 % +63 (旧西独)
NRW 14,8 % +58 (旧西独)
、、、と続きまして下位5州は全て旧東ドイツ側となります。
ザクセン・アンハルト 5,1 % +476 (旧東独)
ザクセン 5,1 % +333 (旧東独)
チューリンゲン 5,1 % +728 (旧東独)
ブランデンブルク 5,0 % +535 (旧東独)
MP 4,8 % +655 (旧東独)
東ドイツ時代には移民がいても住宅が隔離されていたり、東ドイツの人と実生活の中であまり関わりを持っていなかったとも聞きます。
AfDとの共同作業に反対している人の割合>
旧西ドイツ地域 58 %
旧東ドイツ地域 50 %
まあ西も東もそこまでは変わらないですよね。。
旧東ドイツ側でAfDに投票している人が多いのは確かなんですが、保守派が強い南ドイツも案外多いんです。個人的には、南ドイツにAfDがそこまで多くない理由は、CSU(バイエルン州を地盤とするキリスト教社会同盟)が相当右寄りだからなんじゃないの?と思っておりますが、、。
失業率>
旧西ドイツ地域 4,7 %
旧東ドイツ地域 6,6 %
それほど大きな違いはないですね。しかし、ここで違いが出ます。
税込平均月収入>
旧西ドイツ地域 3330 ユーロ
旧東ドイツ地域 2690ユーロ
そう、給料が旧東側の方が低いんです。そして2017年の研究によれば、政治、経済、大学や文化など、様々な分野のトップで、東ドイツの人はわずか1,7%。人口における東ドイツの割合が17%とはいえ、かなり少ないですよね。この格差に、じんわり不満が出るのはしょうがない気がしてきます。
大学の学長の数>
旧西ドイツ出身者 81 人
旧東ドイツ出身者 0人
これらの不平等に関して「東ドイツ人の割合」を決めるべきではないかという論争もありました。
しかし、女性という切り口で見ていくと、状況は少し変わってきます。
そして、、、
旧西ドイツ地域 10%
旧東ドイツ地域 75%
「わたしのDDR」シリーズでテーマにしている、旧東ドイツの方が西ドイツ側に比べて女性の社会進出が進んでいたーという東と西の違いは、いまもはっきりと見てとれます。
男女の賃金格差>
旧西ドイツ地域 22%
旧東ドイツ地域 15%
両親が結婚している割合>
旧西ドイツ地域 74 %
旧東ドイツ地域 52 %
ワーキングマザーの中で、3歳以下の子どもを持つ、フルタイムで働いている母の割合>
旧西ドイツ地域 19 %
旧東ドイツ地域 39 %
個人的に面白かった違いは、
一人頭のビール売り上げ>
旧西ドイツ地域 111リットル
旧東ドイツ地域 122,6リットル
ビールを飲む量が違うのかー!!!ビールといえば南ドイツ、と思っていたので新鮮でした。
キャンピングカーの数>
旧西ドイツ地域 468989台
旧東ドイツ地域 63560台
キャンプといえば東側、キャンピングカーといえば東、、の勝手なイメージがあったので、この数字にもとても驚きました。まあキャンプが好きでもキャンピングカーが多いとは限りませんよね。いまキャンピングカーは流行中だとか。
また、テニス場の数も西側の方が以上に多いようです。
なぜ??東側ではテニスがメジャーじゃなかったのか???
FKK(ヌーディスト)体験がある人の割合>
旧西ドイツ地域 27%
旧東ドイツ地域 43%
これは、やっぱりねえ、、という感じです。でも年代でも大きな差が出ますね。そして、東ドイツ側は1991年までそもそもFKK水浴場(ヌーディストビーチ)はほとんど存在しなかったそうです。ある意味どこでもFKKだったのか?
東と西で育った人たちの間で、メンタリティの違いはあると思う人の割合>
旧西ドイツ地域 86%
旧東ドイツ地域 90%
ベルリンでは、旧東ベルリンと旧西ベルリンの街灯が異なっています。
東側はほんのりとオレンジがかったナトリウムランプの光。西側は水銀灯や蛍光灯の青白い光。
夜、上空からベルリンを見ると、いまもくっきりと東と西の違いが見えるといいます。
東ドイツと西ドイツの違いは100年経っても、消えないのかもしれません。でもその違いを知り、お互いに理解していこうという気持ちを持っていけば、東と西を分ける「みえない壁」はなくなっていくのではないか。
東でも西でもドイツ出身でもない私ではありますが、このみえない壁が小さくなっていくことを、切に願っています。
参照:Zeit紙2019年8月22日版 独Spiegel誌2019年8月24日版 Süddeutsche Zeitung 2019年2月9日版 Bild紙 2014年10月2日版