「病んだ家具」-家具デザインの新しいアプローチ
デザインは、どこにでもあります。今はどんな会社も、デザインなしではやっていけません。ただ、造形の可能性にも限りがあり、多くの製品分野には、すでに定番のデザインが存在します。新しいデザインを作るのは、難しくなっているのです。
DMY国際デザインフェスティバル(これについては前にも書きましたが)に行った私は、ヤスミン・グラーフとファビアン・ザイベルトという、アーヘンのデザイナーデュオのプロジェクトがすばらしいと思いました。この二人は、家具デザインというテーマに、別の角度から光を当てました。彼らのアプローチは、今でも私の頭から離れません。
二人のデザイナーは、あるデザイン見本市に出かけ、美的な刺激の溢れる中で次のように自問しました。「世の中にはどのくらいデザインが必要なのか?デザイナーの任務とは何なのか?そして、デザイナーは、自らの責任を果たせるのか?」
私たちが生きる能力主義社会では、要求されることに対応できなくなる人が増えています。その結果、例えば鬱病や摂食障害など、重い病気にかかる人もたくさんいます。特に、世界でも最も豊かな国々で、ここ数年、精神疾患は大きく増えています。しかしそういった病気はタブー視されることが多く、顔へのタトゥーと同じく、汚点のように見られます。
二人は、物でこのような考えを表現し、「病んだ家具」のコレクションを制作しました。その中の「鬱病のランプ」は極端に下に曲がっていて、ランプシェードは床につきそうです。また、「拒食症のベッド」は、幅が狭すぎて、ベッドというよりはベンチに近いものです。
さらに二人は、「ボーダーラインの椅子」も作りました。肌色に塗られたこの椅子は、肘当て部分に何本もノコギリの跡があり、リストカットを思わせます。また、もう一つの椅子は、「多動症の椅子」と名づけられています。鮮やかな赤に塗られたこの椅子は、脚の一本が短いため、常にガタガタして安定しません。
コレクションの最後は、「解離性同一性障害のドレッサー」あるいは「解離性同一性障害のクローゼット」です。この家具の前の面と後ろの面は、それぞれ異なった形ですが、両方から使えるようになっているので、どちらが表でどちらが裏かは、決まっていません。
このようなオブジェは、通常の家具ではありますが、なかには本来の機能が変えられ、例えばベッドがベンチになったものもあります。また、椅子の機能は変化していませんが、クローゼットあるいは収納タンスの場合は、機能が拡大されています。ただ、そんなことには関わりなく、これらの家具は、いろんな見本市に出展される家具とかわりません。ただ、あるテーマを家具のなかに表現することで、新しい機能を持つようになり、アートとデザインの接点のような存在になっています。つまり、これらの家具は、考えるきっかけを与えてくれる一方で、実用品でもありのです。こういった意味では、私にとっては全く新しい、既存の家具デザインへのアプローチとなっています。