ドイツ・オーストリア映画「ありがとう、トニ・エルドマン」
ドイツ・オーストリア映画「ありがとう、トニ・エルドマン」を見てきました。(ドイツ国内のリンクはこちら。)ドイツでは2016年に上映され、現在は東京だとシネスイッチ銀座で上映中です。
この映画を一言で言い表すとしたら・・・「オヤジギャグ」でしょうか(笑)
そう、この映画にはやたらオヤジギャグが出てきますが、それはもちろんドイツ語のオヤジギャグですので、映画を見ながら「もしドイツ語が分からない人が、日本語の字幕だけを見たら、全く笑えないよなあ・・・」なんて心配しながら見ておりました。寒いオヤジギャグなんて、言語が分かる人でも「・・・・」となることが多いのに、ましてや違う言語に翻訳されたオヤジギャグなんて、‘寒い’を通り越して凍死しそうです。
さて、この映画、ほぼ3時間ぶっ通しで(そう、この映画、162分と長いのです!)オヤジギャグを連発しているのは、Peter Simonischekが演じるヴィンフリート(Winfried)という初老の男性。
もともとオヤジギャグが好きなWinfriedですが、ルーマニアはブカレストに転勤になった「仕事命」の娘Inesに振り向いてもらおうとブカレストに乗り込んでからは、娘の気を引くためか更にオヤジギャグに拍車がかかります。・・・この映画のテーマはもしかしたら、「娘に片思いしているトンチンカンなお父さん」なのかもしれません。
Winfriedとしては、仕事に忙殺され日々時間に追われピリピリしている娘を元気づけたいという気持ちが強いのでしょう。というのもInesはドイツの石油会社のルーマニア(ブカレスト)支社で働く超激務の経営コンサルタントなのです。仕事第一の生活となっているため、Sandra Hüllerが演じるInesはいつでもどこでも携帯で仕事の電話。たまにドイツに帰って来て家族でバースデーパーティーをしている時も携帯電話で仕事の話。(このコラムの最後にある※マークをご覧ください。)
男性クライアントの奥様が「あら~靴がほしいわ」と言えば、その奥様と一緒に靴屋でのショッピングに付き合うInes。金銭的には自由だけれど、かなりストレスフルな毎日です。
そんなこんなでいつも時間に追われ、常にピリピリしている娘InesのもとにドイツからやってきたWinfriedですが、寒いオヤジギャグを連発するお父さんがInesはうっとおしくてたまりません。ビジネスに集中したいのに、オフィスに突然現れたり、ぶっ飛んだジョークをかましたり、取引先との商談の場に乱入してきたりと、このお父さん、娘の気を引こうととにかく一生懸命ですが、なんだかトンチンカンというか、努力がかなり「はてな?」な方向にいっています。終いには娘にかまってもらえないと“Ich habe mir eine Ersatztochter bestellt.“(「かまってくれないから、ネットで注文して新しい娘を雇うことにした。はっはっはっは…」)などというワケの分からないドイツジョークをかますお父さん。
私自身の感想ですが、映画を見ていて正直【娘】と【父親】のどちらに感情移入していいのか分からないところがありました。娘がしんどい仕事に就きピリピリしていているのは確かだけれど、そしてある意味変な頑張り方をしているのも確かだけれど・・・でも父親とはいえ「女の仕事の邪魔をしている男」を見ていると、私はイライラしてしまうのでした。私サンドラは日本での生活が長いせいか「仕事の邪魔をする人」というのは生理的に許しがたいのであります(笑)なんたって「仕事命」ですからね。
さて、映画のタイトルにもなったToni Erdmannという名前ですが、これは娘にかまってもらえないWinfriedが途中から謎の人物に変装し、娘の前に現れた際の変装キャラの名前がToni Erdmannというわけです。それにしても、変装をしたり仮装をしたり、ダジャレをかましたりと、この映画、3時間ほんとうに忙しいです(笑)
ドイツで生活したことのある筆者としては、この手のオッサンは【ちょっと懐かしい】です。親しみを感じないでもないですし、ドイツにおいてはWinfriedまたはToni Erdmannは、ちょっとぶっ飛んではいるものの、その辺にいそうなある意味リアルなキャラクターなのですけど、ちょっと引っ掛かる部分もあるのでした。日本でも見られる現象ですが、ドイツの社会においても【仕事を頑張っている女性】に対して「君の生き方は間違ってる!もっと家族を大事に・・・」などと説教をかます男性というのは一定の数います。(特に稼ぐ女性に対して「お金ばかり稼いでも女はミジメだ」みたいな論調って意外とドイツでもあったりします。一部ですけど。)そんなこんなで、私にはこの父親が「ジョーク」の皮をかぶった説教オヤジに見えてしまいました。。。映画を見ていて「これって、性別が逆だったら、どうなの?」という疑問を持たざるを得ませんでした。個人的にはちょっとマッチョな世界を垣間見た気がしますが、この映画、実は女性の監督さんなのですね。
ところで、ほぼ3時間という長い映像にはルーマニアの田舎の風景も登場しますが、そこでのシーンはEU内の「経済格差」について考えさせられるものでした。映画では例のごとく空気の読めない父親Toni Erdmannが工場の横の草むらで用を足そうとしたところ、見かねた親切なルーマニア人が「ウチのトイレを使って下さい」と家に上げてくれます。ほのぼのとしたシーンなのですが、なんだか切なくなってきます。なぜなら、その古びたほったて小屋は今にも壊れそう・・・。
EU内の「格差」について考えさせられるのはもちろんですが、貧困地域にいながら【駐在員】として裕福な暮らしをしている人がいる一方で、地元ルーマニアの田舎の【現場】は悲惨な状態・・・。日本でこの映画を見た皆さんはどう感じましたでしょうか。
もしかしたらThemaverfehlung(的を射ていない)と言われるかもしれないけれど、父親Winfriedよりも、その変装キャラのToni Erdmannよりも、そしてその娘Inesよりも・・・「ユーロの格差」が個人的には一番印象に残りました。
最後に余談ですが、この映画「やっぱり、ドイツだなあ」と思ったのは、色んなシーンで突拍子もなく「裸んぼさん」(ヌードの事です)がやたら登場すること(笑)「なぜココで裸が登場する!?」というところで、延々裸が登場するあたり、さすが現代のドイツ映画です。
ドイツ語を勉強中の方は是非Toni Erdmannに足を運び、ドイツ語のオヤジギャグを3時間ぶっ通しで聞いていれば「生きたドイツ語」の勉強になること間違いないです!
※ 最近よくドイツの労働時間が(日本と比べて)短いことが話題になっています。しかし当たり前かもしれませんが、経営コンサルタントのような業種ですと、「クライアント命」なので事情は異なります。
P.S. 去る8月8日はInternationaler Katzentag『世界猫の日』でした。それに合わせて「ねこねこ横丁」でドイツの猫カフェについて書いてみました。ぜひご覧ください。