3度目の挑戦でビザ取得。「海外で和食」が自分の道 赤澤真智子さん
シャッシャッシャッ……と米をとぎ、野菜を切る。仕込みの済んだ素材を鍋で温める。炊きたてのご飯を丼によそり、「どうぞ」と出されたのは正真正銘、日本の牛丼です。
ここはベルリン・ノイケルンにあるバー "Broschek"(ブロシェク)。
近年このエリアは、ヒップな外国人が集まる場所に様変わりしましたが、このバーはそうした流行には左右されない、昔ながらのベルリンのたたずまいです。
そんな典型的なバーで土日夜限定で注文できるのが、牛丼とすき焼き丼。作っているのは、日本で和食修行をした料理人・赤澤真智子さんです。
■2回とも却下されたビザ申請
赤澤さんは現在、フリーランスの和食料理人としてベルリンの飲食店で和食を提供したり、ケータリングや期間限定のポップアップレストランを開いたりしています。
そのひとつが、バー "Broschek"での週末限定牛丼。今年から始まった、定期的な仕事です。お客さんは現地人が中心で、牛丼を知らない人がほとんど。しかし、写真入り看板や食材・調理法をメニューに明記することで、1日に10食でることもあるそうです。
順調に見えるドイツ生活ですが、じつはここに至るまでには長い道のりがありました。滞在許可申請が2回も却下され、3度目の正直で自営業としてようやく滞在・労働できるようになったのです。
赤澤さんがワーキングホリデービザでベルリンに住み始めたのは、2014年1月のこと。日本で和食修業を行い、最初からベルリンの日本食レストランで働くことを目標にやってきました。
ベルリンでの最初の職場は、寿司レストラン。ワーホリビザなら1年間ドイツで無制限に働けますが、ずっとドイツに住みたかった赤澤さんは、このレストランで料理人として滞在・労働許可を得ようと申請。
しかし、給与が低いという理由で、許可は下りませんでした。
次の職場は、知人に紹介されたタパスバー。ここで作った和食テイストのタパスが人気になり、店が滞在・労働許可の申請をしてくれることになりました。2度目の挑戦です。
そのときは既にワーホリの期限が切れていたために、申請の返事がもらえるときまでの仮滞在許可書をもらっての滞在。不安な日々が続きました。
そして2度目の申請から3ヵ月。結果は、やはりダメでした。
納得がいかなかった赤澤さんは、弁護士を通して異議申し立てをしましたがこれも通らず、1ヵ月以内にドイツを出国するように言い渡されてしまいました。
■3度目の挑戦でようやくビザが
ドイツを含むシェンゲン領域国からの退去を命じられ、いったん日本に帰ることに。それでも赤澤さんはあきらめず、3ヵ月だけ日本に滞在すると再びベルリンへ飛びました。
3度目となる滞在・労働許可申請です。過去の経験を踏まえ、レストランに就職するのではなく、自営業として申請しようと決断、「今度こそ失敗できない」とコンサルタントに相談をしました。
ビジネスプラン作りに、推薦状集め……、用意周到で申請をしたところ、3ヵ月後に許可が下りました。
長いこと努力してきた滞在・労働許可を、3度目の正直でようやく手にすることができたのです。
滞在・労働許可の取得には、日本の調理師免許がAusbildungsausweis(職業教育証明書)として役立ったそうです。
■ドイツで求められる和食とは
現在33歳の赤澤さんが、日本で和食修業を始めたのは28歳のとき。意外と遅いのだと驚きましたが、じつは将来ドイツで暮らすための「戦略」だったのだそうです。
ドイツ生活を見据えて、神戸の有名日本料理店で和食修業を決意し、面接へ。一度は「女の人は無理」と断られたものの、頼み込んで入店。それまでほとんど経験のない状態から、和食の基礎を1年間学びました。
赤澤さんがドイツで目指しているのは、現地で馴染みのある食材や旬のものを、和風にして出すこと。
「たとえばニンジン1本にしても、ドイツと日本のでは全然違います。ドイツの食材をどう和食に生かすかを考えています」
無理してすべて日本の食材で作ろうとすると、値段が高くなってしまいます。お客さんは、料理のボリュームと値段のバランスに敏感。満足してもらうには、安くておいしい地元食材を和食に取り入れることが大切だそうです。
さらに最近増えているベジタリアン・ビーガンにも対応。すき焼き丼は牛肉入りのほかに、ベジタリアン・ビーガンも食べられる豆腐入りも作っています。
お味噌汁のダシには魚は使わず、干し椎茸と昆布のダシにし、そこへジャガイモのすり下ろしを加えたり、お味噌汁に合う甘味の強い野菜を入れたりして、まろやかな味になるよう工夫をしています。
こうした工夫は、日本で働いている料理人にも参考になるのではないでしょうか。
赤澤さんは「日本のお店にやって来る外国人のお客さんは今後増えるでしょうから、外国の方への接し方や好みを知ることはとても大切だと思います」と話します。
■活躍の場所は海外にもある
「日本にいたときは、これでいいのかとずっとモヤモヤしていました」
と赤澤さん。
神戸の日本料理店では「料理に向いていない」と厳しく叱られ、将来自分の店を持つ想像もできず、「この先どう仕事していけばいいのだろう」と毎日自問する日々だったといいます。
しかし思い切ってベルリンへ来てみたら、苦労はしたけれども毎日とても前向きになったそうです。
「もし日本で和食の仕事をしていて、先が見えないと悩んでいる人がいたら、活躍の場所は海外にもあると言いたいです。特にワーホリを取れる年齢なら、わざわざ労働許可を取ることなく海外で働けます」
たとえ最終的に日本で働くとしても、海外で働けば違う価値観を持てて、日本のことも新たな視点で見ることができます。その経験こそが、何よりの財産になると私は思っています。
「ベルリンで和食」という自分の道を見つけた赤澤さん。
「ここで働けるチャンスをもらえてとても感謝していますし、毎日ポジティブな気持ちで働いています」
赤澤真智子さんHP:http://machikosushi.strikingly.com/
文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)など。近著に『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)。http://www.kubomaga.com/