第16回 いつものパンケーキスープに、ザワークラウトの変化球
ミュンヘン市内から南西のボーデン湖へ延びる総距離270kmのサンティアゴ巡礼路、ミュンヒナー・ヤコブスヴェークを歩く旅も、残すところあと3日です(参照:Münchner Jakobsweg)。
朝になってみても、昨日のダメージはしっかり足に残ったまま(前回の様子はこちら)。ひと足ごとに「アイタタタ……」なんておばあさんのような声を上げながら支度を進めます。足は痛みますが、マメによるダメージがないのは幸い。巡礼路では、マメがひどくなったためにリタイアせざるを得ない人たちがけっこういるのです。
マメ知らずの私と夫の愛用品はこれ、「鹿クリーム(Hirschtalg)」(かつては鹿から作った油を使用していたようですが、現在は鹿由来の成分は入っていません)。
足のケア用品として、ごく普通のドラッグストアで売られている安価なクリームですが、これがなかなかいいのです。夜寝る前と、朝歩き始める前にたっぷりと塗り込んでおけば、1日何十km歩いても足裏はつるつる。まあ、普通の暮らしには必要のないものかもしれませんが……とにかくおすすめです。
ビュッフェで朝食を取り、残ったパンやバナナを非常食用に包ませてもらって、美しいケンプテン(Kempten)の街に後ろ髪をひかれつつ、さて、今日も先へ進みます。
■ところ変われば料理名が変わる
丘をのぼって、おりて、またのぼって、おりて。細かいアップダウンは、このあたりの地域が、アルプスからの氷河に土砂が繰り返し押し流されてできた土地だからだといいます。
ホタテのマークに従って、ブッヒェンベルク(Buchenberg)という小さな町を通りかかりました。時刻は11時半ころ、お腹はまだあまり空いていなかったけれど、次にレストランやカフェがいつ見つかるかは不明。食べられるときに食べておかないと空腹を抱えてずっと歩くことになってしまいます。しばし夫と思案の末、道沿いに立っていた小ぎれいで明るいドイツ料理店に入ることにしました。
夫はまた飽きもせずチーズのたっぷりかかったパスタ、ケーゼシュペッツレ(Käsespätzle)と、細く切ったパンケーキがブイヨンに浮かんだスープ、「リンダーブリューエ ミット フレードレ(Rinderbrühe mit Flädle)」を注文(ドイツのパンケーキは日本でいうクレープのような薄焼きです)。このあたりではパンケーキのことをフレードレと呼ぶ様子。ミュンヘンでは同じスープが「プファンクーヘン ズッペ(Pfannkuchen Suppe)」としてメニューに載っていますが、ところ変われば名前も変わるようです。
私はここシュヴァーベン地方の郷土料理の「クラウトクラプフェン(Krautkrapfen)」を。平たいパスタ生地にベーコンやソーセージなどの豚肉と、ザワークラウトを巻き込んで棒状にしたものを輪切りにし、フライパンで焼き上げた料理(このお店ではベジタリアン用に、肉を使っていないものを用意していました)。私も初めて口にしましたが、表面はカリッと香ばしく、中はとろり。ザワークラウトの酸味がガツンときいた、なかなか面白い一品です。
■再びの森、森、森
さて、道はまた森へと続いていきます。日陰に残った雪でとても歩きづらく、またしても疲労がつのります。森のなかにところどころに設置されたベンチを見つけるたびに腰かけて数分休み、足をだましだまし休ませながら先へ進みます。
スペインのサンティアゴ巡礼路には、「メセタ(Meseta)」という乾燥した台地が延々と続くエリアがあるのですが、この森もそれに劣らぬ変化のなさ、しんどさ。3、4時間も歩き続けてようやく森を抜けると、目的地の町ヴァイトナウ(Weitnau)はもう間もなくです。
■ドイツ人の“普通の暮らし”を覗ける宿
今夜宿泊するのは、巡礼者向けに老婦人がひとり、自宅の一部を改装して巡礼者たちに提供している宿です。
「ナント」と呼ばれた老犬が荷物をほどく私たちのまわりを興味深げにうろうろしていてたまらなく可愛い。
画集やキリスト教に関する本などがささった本棚に、亡くなったご主人のものでしょうか、埃をかぶった古い大判カメラ、壁に掛けられた十字架。1日でも歩けば誰もが巡礼者です。田舎道を堪能したあとに、ドイツ人の普通の暮らしがうかがえる、こんな宿に泊まってみるのも一興かもしれません。
少し歩いたところにガストハウスがあると老婦人に言われましたが、出かける気力はなし。ありがたいことにバスルームはバスタブ付きだったので、お湯をはって人心地。朝に包ませてもらった乾いたパンをつまんで今日の夕ご飯とし、21時にはベッドに倒れ込んだのでした。
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著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/