第11回 雪道の果ての絶景、とろけたチーズ
私の暮らすミュンヘン周辺は、アルプスが近いせいか、フェーン現象のせいか、天候が大変読みづらいところです。天気予報を見て、「週末は晴れだから」となにか計画を立てていても、翌日にはしっかり風雨マーク。ところが実際週末に家で過ごしていると日がさんさんと差してくる……といった具合。あるいは予報の精度が低いのか、「なんだ、出かけられたじゃないか」と毒づくこともしばしばなのです(まあ、冬に日差しを望めるだけ、ドイツにおいてはありがたい場所なのかもしれませんが……)。
南ドイツのサンティアゴ巡礼路のひとつ、ミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(参照:Münchner Jakobsweg)の続きを歩きたくて天気予報をにらんでいても、そんな調子。数日前の突然の積雪、からのぽかぽか日和が続いたこの日、路上の雪がほとんど溶けかかっている様子を見て、思い切って出かけることにしました。
……のが判断ミス。ミュンヘンや今回のスタート地のヴェッソブルン(Wessobrunn)の雪はほとんど溶けていても、少し町を外れれば、この状態!
履いてきたトレッキングブーツは、一昨年のスペインのサンティアゴ巡礼の旅ですでに酷使したもの。通常の道を歩くには支障ありませんが、底がすり減っているせいで雪道を歩けば滑る滑る! カメラ片手に何度もバランスを崩しながら、慎重に歩を進めます。
これまでの道のりと同様、人とすれ違うことは稀ですが、ついさっき通ったようなくっきりとした足跡が雪道に残っているせいで、いつもより人の気配を感じます。キツネやウサギでしょう、犬とはあきらかに違う動物の足跡も点々とそこらじゅうについていて可愛らしい限り。
■散歩のお伴は犬と馬とヤギ
道沿いでは、それこそ30分歩くごとにこんなキリスト像に出会うのですが、腰布1枚でなんとも寒そうです。日本のお地蔵さまへのように、手編みのニット帽やちゃんちゃんこを着せてあげたくなります。
西のボーデン湖(Bodensee)から東のドナウ川の支流・レヒ川(Lech)の間に広がるこの地方は広くアルゴイ地方(Allgäu)とも呼ばれ、ミルクやチーズなどを多く生産している地域。ドイツ国旗の上に「Die faire Milch」、「フェア=公正なミルク」とペイントされた大きな牛の看板(?)を多く見かけました。あとで調べたところ、大量生産型ではない、高品質のミルクであることを示すブランドマークのようです。
雪がなければ青々とした牧草地帯なのでしょう。冷たい空気をほほに受けながら歩いていくと、先のほうになにやら茶色い巨大な動物の姿が。まさか熊……なんてことはないだろうと思いながらも勢いよくこちらに走ってくるのを見れば、なんだ、犬です。そしてそのあとに続いたのは、馬に乗った女性と、ヤギ! 犬と馬とヤギと散歩なんて、ちょっと憧れてしまいます。
女性の「Schönen Tag noch(よい1日を)!」の声に送られて、次はどろどろにぬかるんだ林の道を進みます。
■当たらない天気予報の犯人を発見?
その林を抜けると、住宅街。庭先には、子どもたちが作ったのでしょう、ユーモラスな雪だるまの姿も見えます。ここを通り抜けたホーエンパイセンベルク(Hohenpeißenberg)という町に属する小高い山がこの日の目的地。小1時間ほど、息を切らせながら(そして引き続きつるつる滑る足元に気を付けながら)山道を登っていきます。
昨年、ドイツで迎えた初めての冬、雪が積もったと思ったら大人も子どもも木製のそりを手に外へ飛び出す姿には驚かされましたが、ところどころ岩が泥がむき出しになっているこんな山道にもそりで滑った跡が。ドイツ人のそり遊びはなかなかワイルドです。
山頂に建つ教会の15時を知らせる鐘の音が聞こえてきました。王族の結婚式でもあったかのようにしつこく鳴る鐘の余韻が消えたころ、ようやく到着。素晴らしい景色が迎えてくれました。
ホーエンパイセンベルクには、山頂に設置されたもののなかではドイツ最古の気象予報レーダーが建てられていて、ここではなんと1781年から観測が始められたのだそうです。日本での観測が開始されたのが1875(明治8)年のことといいますから、相当な歴史。「なのにあの精度?」なんて愚痴を言いつつ、気象予報の難しさを実感させられます。
それにしてもアルプスを望むこの絶景ときたら!
中央に最も高く見えているのは、ドイツ最高峰2962mのツークシュピッツェ(Zugspitze)です。この景色を眺めるために車でやってきた観光客らしきドイツ人の姿もたくさん見られ、山頂には教会のほか、何軒かのレストランやカフェも立ち並んでいます。
うちの1軒、絶景を眺められるレストランに入り、遅めのランチを。「アルゴイ風チーズステーキ(Allgäuer Käsesteak)」というメニューを選んだところ、土地のものでしょう、チーズがたっぷりのったポークステーキが運ばれてきました。おなじみのドイツパスタ、シュペッツレ(Spätzle)も添えられてボリュームたっぷり。とろりととろけたチーズは、クセはないのに濃厚で、目を見張るような美味しさでした。
教会の前に立っていた聖ヤコブ像は、道のキリスト像と違って、なんだか菅笠をかぶったたくましいお地蔵さまみたいでした。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004 年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行 本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/