ベルリンでひらめいた「なぜ人はアートを欲しがるのか」の本質

こんにちは、wasabi( wasabi_nomadik)です。
世界中からアーティストが集まる芸術溢れるベルリン。アートについて考えさせられることが多いです。その中でもかねてから考えていたのはアートの「価値」についてです。
道端で見かけた無名のアーティストによる作品に対し「え、このクオリティでこれっぽちの値段?」と思わせる素晴らしさを感じた一方で、超有名なアーティストが手がけた作品にあまり感動を覚えなかった割にものすごい値段がすると知って驚いた経験があります。
自分にとっては価値があると思うものが、市場では価値がない。
でも自分にとって価値がないと思うものが、市場では価値がある。
だから、「そもそもなぜ人はアートを欲しがるのだろう?」そんな疑問がありました。
アートの価値に気づかせてくれた友達とのアートセッション
少し前にベルリンの自宅で、ロンドンから泊まりに来ていた友人と世界を駆け回りながらアーティスト活動をする友人のるってぃと一緒に3人でディナーをしつつみんなで作品を作るという「アートディナー」をしました。元からそういう予定もなかったのですが、たまたま油絵の具のセットもキャンバスもうちに揃っていたので、やってみたら面白いかもね!というノリでスタート。
ロンドンから来ていた友達が「時間内にそれぞれが絵を描いて、それを最終的に組み合わせたら1つの絵になるようにしない?」と提案し、面白そうだったのでみんなでそのルールに合わせた絵を描くことになりました。
時間制限があると、考えている暇がないので描くものがより直感的になります。
うわーっと描く感じが気持ち良い。でもテーマにそれないようにバランスを取る必要もあるので時間が足りない。最後はギリギリまでみんな必死にキャンバスに筆を走らせていました。
こうしてできた作品をみんなで見せ合いなあがら、お互いの作品にそれぞれが自由に感じたことをコメントしていきます。
それぞれ解釈が違って本当面白い。
するとここで友人が、自分の描いた絵をボーイフレンドに見せるため彼に写真を送りました。
帰ってきた返信はこんな感じの内容でした。
「太陽が照付ける木陰の下から君が太陽を覗いているみたいで、明るさに包まれた君をよく象徴してるよ」と。
なんだこのかっこよすぎるストーリ性は…!!その解釈を聞いた瞬間、私はすごい!と思いました。
みなさんにとっては、「何が?」という感じがもしれませんが、彼女と個人的に友人の私にとっては、この解釈がまさに彼女の良さを一言で表しているように感じたからです。まさに、私が彼女に対して尊敬する部分を表したような絵だったのです。

左下がロンドンの友人の絵
その瞬間、私はすかさず「この絵が欲しい!」と叫んでいました。
その場でみんなは大爆笑。
友人がボーイフレンドに「Yukoが絵を欲しがっている」と伝えると、ボーイフレンドから烈火のごとくこんな返信がきました。
「Yukoは僕の解釈を聞いた後にその絵を欲しがっている!だからその絵は僕のものだ!」
なんと、こうして絵の所有権をめぐるオークション(?)がスタートしました。笑
でも、私もこの絵を手放すわけにはいかないのです。
なぜか?
もう自分の一部になっていたんですね。
私が彼女の友人であり、2人の思い出があり、だからこそ私だけが知っている彼女に対する尊敬する部分。そうした個人的なストーリーに結びついた美しい解釈が、こうしてビジュアル化されている!その絵はもう自分自身のように感じていました。
この瞬間、なぜ人が絵を欲しがるのか?という根本がわかったような気がしました。
人が絵を欲しがるのは、そこにその人が欲している羨望の眼差しのその先を絵に見るからではないか?そして人は誰もがそれを自分自身と思いたいのではないか?と。そしてそれは個人的であればあるほど、強烈に欲しくなるのではないか?解釈はそれこそいろいろあるでしょうが、この原体験は私が得た確かな感覚として強く残っています。

真剣にペインティング
ちなみに、その後その絵は、友人がロンドンに帰るまでに乾かなかったので未だにちゃっかり私がキープしています。笑
彼女がうちに遊びに来るたびにその絵と一緒に写真を撮って彼女のボーイフレンドに送ると「それは僕の絵だ!!」と返信が来るのです。そんなメールを横目に彼女と一緒にその絵を鑑賞しながらワインを飲んだりしていると、さながらアーティストと駆け落ちした絵画怪盗にでもなった気分です。
さてさて、今後この絵はどうなっていくのでしょうか….。
皆さんは、アートにまつわる衝撃的な体験などありますか?自分の価値観を変えた体験があれば、ぜひシェアしてください!