大使夫人のキルト/刺し子の一本松 − 和柄に魅せられて
マホガニーの家具の上には、藍染の生地に幾つもの波紋が丁寧に刺しこまれた羽織。壁に目を向ければ、朱色や光沢のある着物地で仕立てられた鯉が悠々と泳ぐ和布キルトのベッドカバー。
郷土博物館の館内のようだが、ここはドイツ大使公邸の一角。壁に沿って飾られている作品は、エリザベス・フォン・ヴェアテルン大使夫人はじめ和柄に魅せられた外国人の手仕事によるもの。
圧巻のベッドカバーは、大使夫人の作品。完成には一年間を要したという。近くで見ると、昔の婚礼衣裳を思わせる生地など様々な和布が絶妙に組み込まれ、緻密な創作過程が想像される。「日本の着物生地を縫うのは初めてで、とても楽しい経験でした。」と、裁縫を趣味として嗜む大使夫人はあくまでも自然体だ。日本に着任して以来、季節や用途によって異なる着物の柄に魅せられて、古い着物をリメイクしたジャケットやワンピースなども手掛ける。(お話を伺った日も、黒地の紬をリメイクしたワンピースをお召しでした。写真を撮り忘れ、ご紹介できないのが悔やまれます…。)
これらの作品の中でもう一つ、目を引いたのが、藍染の羽織の中央に「奇跡の一本松」の図柄、右肩には「絆」の漢字が縫い取られた作品。聞けば、ドイツ在住の折り紙作家のスザンナ・ヴェレンベルク(Susanna Wellenberg)さんによるもの。
スザンナさんと日本との関わりは、25年前に日本を訪れたことに遡り、今回の来日で36回目になるとのこと。2011年の東日本大震災の際には、いてもたってもいられず、折り紙作家グループの活動の一環で、陸前高田市を訪れた。「とにかく笑顔を届けたかった。」折り紙をしているうちに、当初は無反応気味だったおばあさんに、どんどん表情が戻ってきたという。折り紙を皮切りに、料理上手なスザンナさんは、現地のリクエストに応えて、ドイツ料理教室も開くようになった。以来、年に一度は陸前高田市を訪れている。刺し子は、そんな活動の中でいつの間にか出会い、気がつけば、自らも作品を手掛けるようになっていたという。(失礼ながら)大柄な彼女とは裏腹に、作品は気が遠くなるほど精緻で繊細だ。「『アート作品』なんて言わないで。実際に、着てるんだから。」このお話を聞かせていただいた後、今年も東北を訪れるという。行動の人だ。
ちなみに、いただいた名刺には「波山」の文字。苗字の"Wellenberg"の和訳。きっとこれも、人を笑顔にさせる彼女の自然な気配りに違いない。
(これらの作品は、残念ながら一般公開はしておりません。)