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今年はアイヒマン豊作の年でもあったのだ…『アイヒマンを追え!』

Ⓒ マライ・メントライン

今年はアイヒマン豊作の年でもあったのだ…『アイヒマンを追え!』

2016年に日本で公開され、話題を呼んだ通好み系映画のひとつに『アイヒマン・ショー』があります。TV公開で全世界を驚かせたいわゆるアイヒマン裁判。そのTVカメラを駆使しながらアドルフ・アイヒマンの精神的本質をビジュアル的に暴こうとする、ユダヤ人映像作家の執念を描いた作品でした。そして今回ご紹介する『アイヒマンを追え!』は、アイヒマン逮捕に至るまでのドイツ司法・警察機構内の暗闘を描くドイツ映画です。

本作、2016年のドイツ映画賞を総ナメにしたのが大きなウリです。つまりあの超話題作『帰ってきたヒトラー』を抑えきって…ということになります。それは、その年のドイツ映画界を代表する作品としてドイツの教養層が推した「価値観的に正しい映画」がこれだ、ということを示しています。
…と言ってしまうとお行儀の良いだけのダメ映画じゃないのかと疑う方もいらっしゃるかもしれませんが、ご安心下さい。そのようなことはございません。本作のひとつの大きなポイントは、LGBT映画としても魅力的で優れているところです。えてして社会で異端とされるポジションに居る人間のほうが、社会的にバランスのとれた観点を保持しうるという経験則がうまくにじみ出ているように感じます。

収監されたアイヒマン Israel Government Press Office (public domain)

収監されたアイヒマン Israel Government Press Office (public domain)



そして本作では、戦後しばらくの間ドイツ司法機構に色濃く残っていた旧ナチ時代の人脈、不正、本音と建前の二面性が遠慮なく描かれます。ドイツ社会は戦後きっぱり反ナチになったというイメージを信じている方にとっては驚きかもしれませんが、これは事実です。そして、このような観点を広く公言できるようになったのは、数年前、ドイツ社会に大衝撃を与えた(そう、それで司法省が動いた!)シーラッハの『コリーニ事件』の影響が大きいでしょう。超名門貴族で、祖父がナチス最高幹部、しかも自身が超エリート弁護士である著者が放つ「戦後ドイツ司法の闇」告発の小説。ドイツのインテリの中にはいまだシーラッハを無視したがる石頭が居ますけど、やはり彼が起こした社会的波紋は、響くところには響いて効果的に活かされているのだな、と感じずにいられません。

当初は正直、本作、史実的な時系列からみて日本公開順が『アイヒマン・ショー』と逆だったらベターだったのに、と思っていました。しかし実際に観てみるとその先入観は覆ります。なぜかといえば、本作の結末が突きつける問題、ナチ時代に対する真の内省をドイツ社会にもたらす端緒をつくろうとした主人公たちの前に立ちふさがる「壁」の強烈さは、ある意味『アイヒマン・ショー』をはるかに凌ぐ深みと凄みを持つからです。
それと関係する話として、ひとつちょっと意地悪な質問を設定してみましょう。

【 アイヒマンはなぜ逮捕されたのか? 】

一般的には「許されざる戦犯だったから」「モサドの執念が凄かったから」「悪は最後には滅ぶから」といった回答パターンが考えられます。しかしここで敢えて私が提示したい観点は、

【 米国にとって「使える」人材でなかったから 】

というものです。

Ⓒ VAP,INC

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「使える」人材とは何か? 誰か? そいつらはどうなったのか? といった点にご興味のある方、また「政治的に正しい」ナチ戦犯映画で描かれない領域に物足りなさを感じる向きの方は、サブテキストとして、ドキュメンタリー映画『敵こそ、我が友』をご覧になると良いでしょう。
まあ要するに、戦後アメリカの世界戦略にとって有用な人材というのは、たとえ極悪ナチでもちゃんと保護されまくっていたわけです…そう、あくまで有用であるうちは。逆に、要らなくなったらすぐ廃棄される即物性もスゴイです。ついでに言えば、クラウス・バルビーの娘が自分の父親の「リヨンの屠殺者」という綽名について「食肉業者に対してあまりにも失礼ですわ!」と糾弾しまくる点もスゴかったです。あの右斜め上っぷりは、私から見ても「これだからドイツ人は…」としか言いようがなかったりする…

いわゆるナチ戦犯追跡モノ映画の中では、「皆が私を必要としていた。しかし裁かれるのは私ひとり。不公平ではないか?」という戦犯のセリフの重みがアイヒマン事件の比ではない『敵こそ、我が友』が、人間や社会の行動メカニズムを見る上で最も真髄を突いた作品であるように思えるのだけど、劇物ゆえ、誰にでもオススメできる造りの作品かといえば疑問です。このへんはナチ問題を考える上で難しいポイントですね。

Ⓒ 20世紀フォックス

Ⓒ 20世紀フォックス



ちなみに『敵こそ、わが友』のケヴィン・マクドナルド監督は、傑作『ラストキング・オブ・スコットランド』の監督でもあります。あの作品の終盤、アミン大統領(フォレスト・ウィテカー)が主人公のスコットランド人青年医師に向かって印象深い台詞を放ちます。

「情けない、お前は何か一つでも有意義なことをしたか?」
「すべてゲームだったのか? アフリカに行って『僕は白人、お前たちは現住民』ゲームをしようと?」
「我々はゲームじゃないんだ、ニコラス。我々は人間だ。この部屋も現実だ。お前にとっては、死がたぶん初めての現実の体験になるだろう」

アミン大統領の狂気が…ではなく、作中で狂気のアミン大統領が看破する欧米社会の狂気、その先鋭化した一例こそまさにナチスの自我膨張的な世界観&征服欲だった、と言えなくもない気がします。「白人」を「アーリア人」に変えてみればわかりやすいですね。
特に最後の台詞はアドルフ・アイヒマンが、そしてクラウス・バルビーが、誰に言われずとも自分の内面で最後に直面した「リアル」そのものだったように思われてなりません。

…と、ここまで話をアレな方向に引っぱってきた末に申し上げるのもなんですけど、映画『アイヒマンを追え!』は2017年1月7日、全国ロードショーです。どうぞよろしくお願い致します!

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2016.12.24)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。 まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

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