第23回 ”中世の宝石箱”ローテンブルクを目指したけれど……
ヴュルツブルクから、中世の街並みが残ることで有名なローテンブルク・オプ・デア・タウバーを通り、ウルムに南下する約270kmのサンティアゴ巡礼路、フレンキッシュ・シュヴェービッシャー・ヤコブスヴェーク(Fränkisch-Schwäbischer Jakobsweg)をたどる旅の様子をお届けしています。
なかばライフワークと化しているこの巡礼路を歩く旅ですが、実はプランニングがけっこう厄介。たっぷりと休みを取って一度で歩ききってしまえるのであれば問題はないのですが、なかなかそうまとまった時間は取れません。加えて勤め人である夫が一緒に来たがるので(しかも社会人向けの大学に通っているため、土曜に講義が!)、どうしても日曜や祝日を使って少しずつ攻略せざるを得ないのです。
巡礼路は交通の便のよい大きな街だけでなく、もちろんバスが日に数本しかないような小さな村々や、森や山も通ります。私が一日に歩ける距離はせいぜい30km弱なので、地図と時刻表をにらんでウンウンうなることもしょっちゅう。もちろん、予定は天候にも大きく左右されます。
日帰りでの計画を練っていた今回、スタート地であるウッフェンハイム(Uffenheim)を出発すると、26.5km先のローテンブルクまで、ほとんど町らしい町はありません。一気に歩きたいところですが、ミュンヘンからの移動約3時間を考えると、日の短くなった今では難しいかもしれない……旅行者たちに”中世の宝石箱”とも絶賛されているローテンブルクに行くなら、ちょっとは観光もしたいし……とまたまたウンウン。
すると、夫がこんな提案を。
「車に自転車を積んでいって、君はサイクリング、僕はドライブをすればいいんじゃない?僕は行った先で勉強しながらでも待てるから」
せっかく一緒に行くのにひとりでサイクリングなんて……と首をふりかけましたが、ほかによい考えが浮かびません。それに、一度巡礼路を自転車で走ってみたいと思っていたこともあって、その案に乗ることに(しかしそれが大きな間違いだったのです……!)。
ということで、きれいな秋晴れ(よかった!)の日曜、車に私の自転車だけを積み込んで出発。スタート地点のウッフェンハイムに到着すると、約20km地点の村ギプシュッテ(Gipshütte)で待ち合わせの約束をして、ここで夫とはしばしのお別れです。
自転車にまたがってウッフェンハイムの中心部、そして周囲に広がる住宅街を抜けると、すぐに草地が広がり、道は森へと続いていきます。
ドイツ人たちが秋を「黄金の季節」なんて呼ぶとおり、森のなかは見事な黄色。時折ぽつっ!ぽつっ!と聞こえるのは、どんぐりが落ち葉の上に落ちる音でしょう。のんびりと歩くのとは違って、風を切って進む自転車はなんとも爽快。わずかなアップダウンも楽しく、巡礼路の道しるべであるホタテのマークを見逃さないように注意しながら、ぐいぐいと進みます。
しかし、なんだかおかしい。次の村クステンロール(Custenlohr)まではわずか4km弱の道のりのはず。30分も走れば優に到着するはずなのに、小一時間経っても森が切れる気配はありません。「迷った……?」と思うと急に、親しげだった森の様子が、うすら怖いように感じてきます。
あれ、あのベンチには見覚えがあるような……木にくくりつけられた鳥の巣箱の番号がまた「28」だ……いや、あの落書きはさっきも絶対に見た!と思ったところでブレーキ。スマートフォンの地図を開くも、電波が弱く地図が読み込めません。
今度はゆっくりと自転車を走らせながら分かれ道に目を凝らすと、ありました!さっきは見逃してしまったホタテマークが草葉の陰に隠れるようにして設置されています。どうやら、森のなかを大きく1周してしまった様子。さっそくのロスに思わずため息が漏れます。
ほどなくするとクステンロールに到着。巡礼路は小高い場所に建つ教会裏の墓地へと続いています。
自転車を押しながら墓地を抜けると、今度は田園地帯が広がりました。
「Buen Camino→」
スペイン語で「よい道を」を意味し、巡礼路を歩く旅人同士の挨拶となっている言葉が電信柱に書かれています。
しばらくまた気持ちのよい道を進むと、先日の雨ですっかりぬかるんでしまった道が現れました。道はこのまま、なだらかに山のほうへと続いているようです。
そしてここでまた本日2度目のミス。本来の巡礼路を迂回して一般道を行けばよかったのですが、これまでの道のりでも比較的整った自転車道を多く目にしていたため、「希望的観測」をもとに先へ進むことにしてしまいました。
しかし道はさらにぬかるみ、もう自転車にまたがって進むことはできなくなり、今度は大荷物と化した自転車を押して歩きます。ごく普通の街乗り用の自転車のため、進むうちに落ち葉や泥がタイヤと泥よけとの間にすっかり入り込んでしまって、数十mごとに取り除かなければならず、おかげで手も泥だらけに……。
徒歩の身軽さを恋しく思いながら、「もう2度と自転車なんかで来るもんか!」と頭のなかで毒づくものの、先へ進まないわけにはいきません。格闘の末なんとかいったん車道へ出ると、そこからは巡礼路を行くのをあきらめ、すぐ脇を車がびゅんびゅん走るなか、目的の村を目指すことにしました。
計画ではローテンブルクで優雅にお茶でもしている時間なのに、そこからもあっちへ行ったりこっちへ行ったり、危うくアウトバーンへ入り込みそうになったり……。ようやく先のほうに路上駐車している夫の車を見つけたときにはもう半泣き!(さぞ心配して待っていたかと思えば、のんきに昼寝をしていたようです……勉強は?)
夫に切々とこれまでの苦労と空腹を訴え、まずは幸いすぐ近くで営業中だったレストランで食事をすることに。
ところがこのレストランが大当たり!時計の針はもう14時を指しているのに店内はお客さんで賑わっていて、民族衣装を着たきさくな店員さんたちがきびきびと働いています。注文したシュヴァーベン地方の郷土料理、マウルタッシェン(Maultaschen)は、これまで食べたなかでも一番の美味しさ!ああ、やっと報われた気分です。
気分がすっかり萎えてしまったので、ここからさらにローテンブルクを目指す気にはなれず、次の村シュタインスフェルト(Steinsfeld)まで自転車をこいで本日は終了。ローテンブルクまでの巡礼路を歩く(次は絶対に徒歩!)のは、次回までおあずけです。
というわけで、目的を達成できずに終わってしまった今回の巡礼路探訪。せっかくなので、車を走らせてローテンブルクの街も少しだけ散策してみましたが、噂にたがわぬ可愛さ。なるほど、観光地になるわけです。こちらも次回以降にまたお届けします!
ああ、疲れた。
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著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/