ワーホリを利用し、一流レストランで修業 藤原萌希さん
和食、フレンチ、中華、イタリアン……料理の分野はさまざまでも、プロの料理人ならば一度は本場で修業したいと願うのではないでしょうか。
藤原萌希(ふじはら・もえき)さんも、そんな料理人のひとりです。
日本ではモダンフレンチ、クラシックフレンチのレストラン、ワインバーなどで約6年間勤務。ワインスクールにも通ったそうです。
そして今、ポツダムの一流ホテル&レストラン"Hotel Bayrisches Haus Potsdam"の厨房で毎日腕を磨いているところです。しかしもともと藤原さんは、フレンチの料理人です。なぜドイツのレストランで働くことになったのでしょうか?
■最初はフランスへ行くつもりだったのが
藤原さんは「子どもの頃から母と一緒にいつも料理をしていました」というほどの料理好き。
高校時代に進路を考えたときに料理人になることも候補に上がりましたが、何か資格があった方がいいというご両親のアドバイスで栄養学を勉強し、栄養士の資格を取得しました。
しかし料理への想いは消えません。そこで栄養士の資格取得後に、外国の食文化を学べる大学へ入学。本格的に料理の勉強を始めたのでした。
藤原さんの専門はフレンチ。日本では数店舗のフレンチレストランや、オーストリア&ドイツのワインバーなどで研鑽を積みました。
やがてフランスのレストランで勉強してみたいと思うようになり、フランスにワーキングホリデービザを申請。しかしフランスはワーホリの門戸が狭く、2回チャレンジしたものの2回とも受理されませんでした。
■知人の紹介でドイツのレストランへ
仕方がなく日本のレストランでアルバイトを続けていた藤原さん。しかし本場へ行きたいという想いは募ります。
「このまま日本でモヤモヤしているより、とにかく日本を出て海外生活に慣れてみようと思いはじめました」
そんなときに働いていたワインバーで、ドイツのレストラン業界に縁がある人と出会いました。海外に出たいという藤原さんの話を聞き、ポツダムにあるレストランのシェフを紹介してくれることに。
オーストリア&ドイツワインの店にいた藤原さんもドイツに興味があり、ドイツで勉強したいと思ったそうです。
それから事態は急展開。
シェフと連絡を取ったところ、3ヵ月間住み込みで働けるという返事が届きました。
このとき藤原さんは、ドイツのワーホリ申請年齢制限である31歳の誕生日まであとわずかというところ。そこから大急ぎで必要書類を用意。31歳を迎える2週間前に申請し、その3日後にワーホリビザが取れました。
ドイツに来たのは、ワーホリビザが下りたわずか1ヵ月後。
ドイツ語を勉強している余裕はありませんでしたが、藤原さんは10代の頃に海外でホームステイを3回したことがあり、英会話ができました。
「ドイツ語がわからないことへの不安はありましたが、ドイツの職場で働くことに対する不安はありませんでした。料理人は考えていることが同じではないかと思うんです」
■多様なスタッフに囲まれた、オープンな職場
そして6月からポツダムのホテル&レストラン"Hotel Bayrisches Haus Potsdam"での毎日が始まりました。ドイツ国内外で有名なシェフが率いる、一流のモダンドイツレストランです。
藤原さんは見習いとして入りましたが、既に経験があるので、実際には前菜の仕込みから盛りつけまでを一任されています。
私は厨房を見学させてもらいましたが、大勢の料理人たちが厨房内を忙しく行き来し、止まる間もありません。一つの作業が終わると、すぐに次の作業です。
藤原さんにはまったくムダな動きが感じられず、時折上司に指示を仰ぎながら次々と仕込みが進んでいきます。それを見て、料理人としての確かな経験と勘所が備わっていることが私にもわかりました。
藤原さんはドイツで働いてみて、カルチャーの違いを実感したといいます。日本では苦労に耐えることが美徳とされ、女性の料理人が働くことも難しかったそうですが、
「この職場ではみんな優しく、重いものや手の届かない場所にあるものを取ってくれたりします。そういうことは日本では考えられませんでした。それにヨーロッパ大陸で人の行き来がオープンなためか、外国人を受け入れるのが当たり前という雰囲気が社会全体にありますね。厨房でも、国籍や性別を超えたスタッフたちが働いています」
と話します。
藤原さんは日本人の中でも小柄なほう。しかしここではそれは、ハンディキャップにはなりません。
■ドイツと日本との味覚の違い
労働条件も良好です。今の職場では週休2日あり、そのほかに年間25日の有給休暇があります。ドイツでは有給を消化することは大切なので、休みを取ることに対して文句を言う人はいません。
労働面ではいいことばかりですが、料理人として大変だと感じているのは、味覚の壁。同僚からは「モエキは味付けを強めにすることを心がけて」と言われたそうです。
日本人の味覚では、素材を生かすような味付けをするものですが、「ドイツの味付けは、すべて足し算ですね」と藤原さん。食材そのものの味が濃い上に、さらに強い味付けをするそうです。
ドイツで料理人として生きていくなら、ドイツ人の口に合うようなものを作らないといけないという藤原さん。しかしそれは藤原さん自身の味覚とは異なります。
また、藤原さんがドイツで修業している間もご主人は日本で暮らしていることもあり、将来は日本で働くことを考えています。
「私は料理しか好きなものがなかったんです。だから将来は日本で、料理を通じて海外と日本をつなげる仕事をしたいです」
文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)など。近著に『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)。http://www.kubomaga.com/