音を見せるアーティスト 白尾佳也さん
ベルリンはアートとアーティストたちの街、ともいえると思います。数々の博物館や美術館はもちろんのこと、ホテルや銀行、オフィスビルの中にもアート作品はさりげなく存在しています。
それらを生み出すアーティストたちも、また大勢。世界にその名が知れ渡っている著名な人から自称アーティストまで、多くの人がそれぞれのやり方で活動しています。
今回ご紹介するのは、2015年にベルリン芸術大学を卒業した新進気鋭のサウンドアーティスト・白尾佳也(しらお・かなり)さんです。ちょうど現在開催中の展覧会にお邪魔して、お話をうかがってきました。
■時間の感覚を見える形に
チッチッチッチッ……ダダダダダダダ……ダダ、ダダ、ダダダ……。
目の前には大きなパネルに並んだ60個の時計。時にはそれらが一斉に同じリズムを、時には各々が独自のテンポで時を刻んでいきます。60個の長針、短針、秒針が角度を変えながら動いていく様子は鳥の群れか、踊るバレリーナのよう。ダッダッとまるでタイプを打つような音は、何かの行進、あるいは激しい雨音を連想させます。
"on time"と名付けられたその作品は、2015年に制作されたもの。
「人が持つ時間の感覚って、同じ1分間でも時には長く、時には短く感じられますよね。そういうことから時間について考えた作品です」
と、作品を前に白尾さんが解説してくれました。
パネル上の60個の時計は、秒針がゆっくりになったり早まったりしながら1分間を刻んでいます。すべての時計の秒針が0を指すとき、示されるのは現在の時刻。つまり現実に流れている時刻はそのままに、1分間という時間が異なるリズムで流れていくのです。
人の時間感覚を目に見える形にすると、こうなるのかもしれません。
■紙の立体作品で、やりたいことに気づく
この展覧会の会場であるベルリン日独センターには、ベルリン芸術大学時代に制作した白尾さんの作品が、スケッチも含めて5作品展示されています。
すべてに共通しているテーマは「音」。もともと白尾さんは東京の国立音楽大学でコンピュータ音楽を学んでいました。
しかし白尾さんの中では、音楽を勉強することに対してずっと違和感があり、「自分の音楽作品を人に聞いてほしくないとさえ思っていました」というほどでした。
そんなモヤモヤが一気に吹き飛んだのが、2012年に制作した「完全五度音程」という立体作品です。1ヘルツと1.5ヘルツという和音(完全五度音程)を成す2つの音の波長を紙で表現したもので、
「自分のやりたかったことはこれだったんだ」
と気づいた記念碑的作品となりました。
作品について話している最中に白尾さんは何度も、
「サウンドアートというと、スピーカーから音が鳴っているだけの作品がよくあると思います。でも自分の作品は見た目で『おっ』と人の心をつかんで、そこから作品のコンセプトの考察へとつなげていきたいです」
と繰り返していました。
展覧会会場に並ぶほかの作品にも、その想いが宿っていることが感じられます。音をテーマにしながらも、それを視覚化すること。それが白尾さんのアートなのだと思います。
私はベルリンに来て以来、アートがあまりにも身近なせいか、逆にアートが何かわからないと感じていました。
でも漠然と思うのは、哲学や思想といったものを形に昇華し、見る人に夢を与えてくれたり、何かを感じさせてくれたりするものがアートなのかもしれない、ということです。
だからアーティストは私にとって、夢を見させてくれる人でもあります。
そんな素人なりのつたない考えを話すと、白尾さんは
「アーティストなんていうと、こそばゆいんですけどね」
と笑っていました。
■ドイツ旅行がきっかけで留学へ
白尾さんは2012年にベルリン芸術大学に入学、2015年に卒業しましたが、それ以前は国立音楽大学を卒業後に日本で働いていました。ドイツへ留学したのは、一人旅がきっかけです。
ドイツに行ったことがないから、という理由で旅行してみたら「ここに住みたい」という気持ちが湧いてきて、帰国後すぐに独学でドイツ語を勉強。それから3ヵ月程度で、ドイツの大学で学ぶことを考え始めたというから、決断が早いです。
日本で音大の講師にドイツ留学の意志を話したところ、紹介されたのがベルリン芸術大学のSound Studies学科でした。
紹介されたといっても、別に試験が免除されるわけではありません。受験では書類審査は通ったものの、面接で不合格となってしまいました。
しかし、不合格の理由が語学力不足だっただけと知った白尾さんは、2011年4月にベルリンへ移住し、ゲーテ・インスティテュートでドイツ語を猛勉強。翌年再び受験し、晴れてSound Studies 学科の修士課程に籍を置くことになりました。
面接では、白尾さん一人に対して何人もの教授が座り、質問をするという形式だったそうです。想像するだけで緊張してしまいそうな状況です。
ちなみに質問内容は「日本の駅には発車メロディーがあるけれど、それについてどう思うか」「ベルリン芸術大学の構内にあるサウンドインスタレーションをどう思うか」などだったそうです。
■アーティストに必要なのはコミュニケーション能力
たぶん皆さんの中には、アーティストとしてドイツで活動したい、と思っている方もいらっしゃることでしょう。
そこで、白尾さんにそのために何が必要かを聞いてみたところ、答えは「ドイツ語、または最低でも英語でのコミュニケーション能力」でした。
ドイツでは、アーティスト自身が作品についてプレゼンテーションをすることがとても重要です。
日本では作品自体から伝わる、という考えがあると思いますが、ドイツでは作品制作の根底にあるコンセプトをプレゼンし、周囲を納得させなくては先に進みません。
コンセプトを重視するという姿勢は、鑑賞者の反応にも表れています。ドイツ人は作品のコンセプトなど大きな概念を聞いてくるそうですが、日本人はマテリアルの細部についてコメントする人が多いそうなのです。
修士課程を修了した白尾さんは、さらに本格的にアーティスト活動を進めていくところです。いずれは日本で展覧会を開く機会もあるでしょうが、それまで待てない方はホームページでご鑑賞ください。
白尾佳也さんHP
http://kanarishirao.com/
*ベルリン日独センターの展覧会は2016年6月6日まで開催
文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)など。近著に『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)。http://www.kubomaga.com/