第15回 延々と続く森の一本道で
南ドイツをはしるサンティアゴ巡礼路のひとつ、ミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(参照:Münchner Jakobsweg)、270kmを歩く旅ももう後半。
サンティアゴ巡礼のシンボルであるホタテの飾りだらけの宿で目覚めると(前回の模様はこちら)、キッチンにはパンやゆで卵などの簡単な朝食が用意されていました。「Einen Guten Morgen」と、宿のオーナー夫妻であるエルフィーさんとエアハルトさんからのメッセージも。
前日手洗いをして干しておいた、まだ湿ったままの服をバックパックに詰め直したりしているうちに、もう8時半です。エルフィーさんとぎゅっとハグを、エアハルトさんと握手を交わして、さあ出発。穏やかな空の下、マルクトオーバードルフ(Marktoberdorf)の街を抜けていきます。
ヴェルタッハ(Wertach)という川を越えたあたりで、こぢんまりとした「鉄道博物館(EISENBAHN MUSEUM)」を通りかかりました。庭には第二次世界大戦のころに使用されていた列車が展示されています。列車の腹にある鷲のマークは、ナチス・ドイツの国章。本当は円の中にハーケンクロイツがはめ込まれていたはずですが、もちろんそれは取り外されています。
■ミュンヒナー・ヤコブスヴェーク最大の難所? 20km続く森の道
巡礼路はほどなくして車道からそれ、牧草地帯へと続いていきます。続いてガイゼンリート(Geisenried)、オーバーティンガウ(Oberthingau)といった小さな村を通過。牛のにおい。放し飼いにされている犬の歓待。民家の入り口の誕生会の飾り付け。見知らぬ人々の暮らしに思いをはせるのも旅の喜びです。
そろそろお昼……という時間帯でしたが、休憩をとれるようなカフェやレストランは現れず。道端のベンチに座って、バックパックの中のマドレーヌとチョコレートをほおばって空腹を落ち着かせます。
さらにもうひとつ村を通り過ぎて、本日の難所である、長い長い森のなかへと入っていきます。約20km、延々と続く一本道。きちんとした朝食、昼食を摂れなかったこともあって、心も体も悲鳴を上げます。
さすがに体力差があり、夫はまだまだ元気な様子。「変化がなくてツライね」、と夫につぶやけば、落ちていた馬糞を指さして「ほら、変化!」と返ってきて、思わずイライラ。目を楽しませてくれるのは、道沿いを流れる小川に大量にうごめくカエルたちと、その卵ぐらい……。
16時近くなって、ようやく森の終わりが見えてきました。さすがの夫も疲れたようで、ともにベンチに座り込んでいると、ハイキング中の年配グループが「巡礼中なのか」と話しかけてきました。私の隣に腰を下ろした男性から、私の靴が簡易的すぎないか(そんなことありません、ちゃんとしたトレッキングシューズです)、宗教的な理由で歩いているのか(いえ私はあえて言えば仏教徒です)などと質問攻めにあい、なかなかゆっくりと休憩もできず……思わずため息が。
森を抜けたあとも、道はふたたびの牧草地帯や広大な公園へと続き、なかなか今日の目的地ケンプテン(Kempten)の街の姿が見えてこない。足も疲れで耐えがたいほどに痛みます。
■ミュンヘンでは見られない「つまずきの石」
Gott sei Dank!(ゴッツァイダンク、神に感謝の意味ですが、日常的には「やれやれ!」といったニュアンスで使われる言葉です)
仏教徒でも思わず神に感謝したくなる瞬間。ようやく、川の向こうに街の姿が見えてきました。このミュンヒナー・ヤコブスヴェークでははじめて通るような、大きな、それも非常に可愛らしい街です。ですが、残念ながら散策する体力の余裕はなし……。
ひとつだけ、ここケンプテンにもあった「つまずきの石(Stolpersteine)」のご紹介をしておきます。「つまずきの石」は、ベルリン在住のアーティスト、グンター・デムニッヒ(Gunter Demnich)氏が1992年からはじめたプロジェクトで、ナチ政権時代にここに住居や職場があり、犠牲となってしまったユダヤ人たちを偲ぶために、ドイツ中の”路上”に埋め込まれているプレートです。現在までに56000枚以上のプレートがドイツをはじめ、ヨーロッパの国々に設置されてきたそうです。
ただし、この「つまずきの石」は、ミュンヘンで見かけることはありません。「記念碑を踏みつけることになる」とのイスラエル文化協会ミュンヘン・オーバーバイエルン支部(IKM)の強い反対もあり、2015年、正式に議会で市としてこのプロジェクトを受け入れないことが決定されています(もちろん、その決定に反対する運動も今なお続いています)。
■失った体力を取り戻すには……チーズマカロニとビール!
さて、今夜の宿である、モダンなプチホテルに転がり込むようにしてチェックイン。エネルギッシュでおしゃれな女性オーナーが私たちを迎えてくれましたが、疲れ切った私たちを見ると、なんとも気の毒そうな表情に。部屋の説明もそこそこに、そっと引き取ってくれました。
時間はもう18時近く。ここでベッドに倒れ込んだら最後、次の日の朝まで眠ってしまいそうだったので、すぐにシャワーを浴び、足を引きずりながら近くのガストハウスに出かけました。見慣れない「エルプレアマカロニ(Älplermakkaroni)」というメニューを頼んでみたところ、チーズが名産のこの地方らしく、これでもかとチーズののったマカロニです。
夫は柔らかく煮込んだ牛肉にホースラディッシュのソースがたっぷりかかった「リンダーターフェルシュピッツ(Rindertafelspitz)」を注文(なんとも”黄色い画”ですね……)。私たちがビールを頼むときの言い訳(?)、「ミネラルたっぷりで、体を動かしたあとには最適!」を口にしながら流し込むようにして食べ、ああ、お腹いっぱい!
なんとも疲れた1日。ふたたび足をひきずってホテルに帰り、ものの10分で真っ白なシーツにもぐりこんだのでした。
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人一倍食い意地の張った私の、ドイツ1年目の食にまつわる驚きや戸惑いをぎゅぎゅっと詰め込みました。
お恥ずかしながら、夫婦間の果てなきバトルの模様も……イラストや写真もたくさん使った、楽しい本です。ぜひぜひ、お手にとってみてください。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/