第13回 国境のボーデン湖を目指して&【お知らせ!】
【自著『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』3月25日発売!】
ドイツ人の夫との「食のカルチャーギャップ」を綴ったエッセイ『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)がこのたび発売になりました!
人一倍食い意地の張った私の、ドイツ1年目の食にまつわる驚きや戸惑いをぎゅぎゅっと詰め込みました。
お恥ずかしながら、夫婦間の果てなきバトルの模様も……イラストや写真もたくさん使った、楽しい本です。ぜひぜひ、お手にとってみてください。
■「ドイツ夫」とまた旅に出る
さて、本題です。
ミュンヒナー・ヤコブスヴェークは、ミュンヘン市内から南西へ270km、オーストリアとスイスとの国境に位置するボーデン湖(Bodensee)まで延びるサンティアゴ巡礼路です(参考:Münchner Jakobsweg)。
これまで、約半分の120kmほどを9回にわけて歩き、ロマンティック街道沿いのロッテンブーフ(Rottenbuch)という町までやってきました。
今回からは、ロッテンブーフから終着地ボーデン湖まで、約150kmを一気に歩いた6日間の旅の模様をお届けしたいと思います。
旅の相棒は、↑の「ドイツ夫」。普段は主婦業もあるためなかなか家を長くは空けにくいのですが、夫がイースター休暇に入ったのを幸い、巡礼の旅に引っ張りだしたというわけなのです。
夫とは2年前に900km5週間、スペインのサンティアゴ巡礼をともにした仲。ドイツ国内のわずか6日間の旅であれば楽々終えられるだろうと、なかば鼻歌を歌いながらふたりでミュンヘンを出発しました。
……しかし、甘かった! さあ、文字通り山あり谷ありの旅のはじまりです。
■初の「巡礼仲間」に出会う
朝5時起床。
地下鉄、鉄道、バスを乗り継いで、スタート地のロッテンブーフに到着したのは8時すぎ。重さ10kg弱のバックパックをかついで、さっそく歩きだします。
天気は曇天。気温はかなり低く、指先が寒風に赤く染まるほど。しかし、クロッカスやプリムラ(桜草の一種)など、道端には花々が咲きだし、春の訪れを感じさせてくれます。
途中、「Pestfriedhof」と書かれた看板を発見しました。中世のころ、ペストで亡くなった人々を埋葬していた特別な墓地跡のことだろうと夫が説明してくれるのを聞いていたら、さっそく道しるべのホタテマークを見失って、右往左往。(ふたりになっても道に迷うのは同じなようです……)
正しい道に戻ったところで、向こうから同じくバックパックを背負った若い男性がひとり歩いてきました。すれ違いざまに、
「Guten Weg!(よい道を!)」
彼がそう挨拶してくれたことに、軽い驚きと感激を覚えました。旅人同士、出会えば必ず「Buen camino!(同じく、よい道&巡礼を、の意味)」と挨拶を交わしていたスペインの道を思い出します。
これまでは一度も巡礼者らしき人を見かけることはなかったのに、イースター休暇の時期に入ったせいでしょうか、この日はその後も、大きなバックパックをかついだり、杖を手にしたりする人たちを見かけることになりました。
■世界遺産をふたりじめ
気持ちのよい田舎道や森を歩き、小さな村を抜けて、快調に進んでいきます。
(書いてもよいと言ったので書いてしまいますが、夫は道端の牛フンに夢中になったり、「珍しい鳥の声が聞こえるよ」と嘘を言ってオナラをしたり、まるで小学生のみたい。ああ、そういえばこんな人だったなあ、と再確認するような気持ち……)
途中、かつてダムだったという窪地を通りすぎました。
立てられていたボードには、19世紀はじめころまで、ここで僧侶たちが魚を養殖し食料にしていて、冬になると張った氷を切り出して冷蔵用に使用していたとあります。ビール作りをしていた修道院が多くあったことといい、昔の僧侶たちは相当な「肉体派」だったようです。
そして11時ごろ、牧草地帯に建つヴィースの巡礼教会(Wieskirche)の姿が見えてきました。
18世紀中ごろに建てられたヴィースの巡礼教会は、世界遺産にも登録されている、ミュンヒナー・ヤコブスヴェークのハイライトとも言える教会です。と言っても外観の派手さはなく、観光客の姿もいまはまばら。素晴らしいロココ様式の内部の装飾や有名な天井画もひとり(ふたり)占めです。
教会のそばのレストランで、私は白ソーセージ(Weißwurst)、夫は好物のレバーケーゼ(Leberkäse)を注文し、少しはやめの昼食としました。
店員同士が話をしているのが聞こえてきましたが、バイエルン訛りとはまた違う、独特の響き。夫に聞けば、シュヴェービッシュ(schwäbisch、シュヴァーベン地方の方言)ではないかと言います。いつしかバイエルン地方を越え、シュヴァーベンの領域に入ってきているようです。
ヴィース教会を後にすると、ドイツ語で「モーア(Moor)」と呼ばれる湿地帯へと入っていきました。渡された板から一歩足を踏み外せば、どこまでも沈んでいってしまいそうで(実際にはソックスが水浸しになるくらいでしょうけれど)、まるで不吉な映画のセットのようです。
■巡礼路沿いの農家に投宿
石畳が美しいシュタインガーデン(Steingaden)という町や、ウアシュプリング(Urspring)、シュタインゲーデレ(Steingädele)といった村々を通りすぎていきます。このあたりですでに20km近くを歩いてきていて、足はかなり疲れてきました。
16 時近くなって、ドナウ川の支流であるレヒ川(Lech)を越えると、ようやく本日の目的地、レヒブルック(Lechbruck)という町に到着です。もうひとがんばり、川沿いを歩いて今夜の宿を目指します。
スペインでは、町に入れば巡礼者向けの宿が必ず何軒もあり、予約の必要はほとんどないのですが、ここはスペインほどには巡礼が盛んではないドイツ。しかもイースター休暇期間中とあっては、宿の予約は必須です。
巡礼者向けの宿とは、巡礼路から離れていないこと、汚れた靴や濡れた服に眉をひそめられないこと(洗濯設備や、乾かす場所もあるとベター)、もちろん低価格であることが条件。私たちも、事前にインターネットで情報収集し予約済みでした。
古い農家を改装したと思しき大きな住宅のチャイムを鳴らすと、物静かな品のいい老婦人が握手で出迎え、2階のひと部屋へと案内してくれました。アンティークなインテリアに、清潔で大きなベッド。朝食もついてふたりで55€。巡礼の旅にはちょっと贅沢ですが、疲れた体には最高にありがたいもの!
シャワーを浴びひと休みして人心地ついたら、外へ出て近くのレストランで夕食(ドイツ料理店だと思って入ったお店がバルカン料理のお店だったので紹介は割愛……)。町とは言っても街灯も少なく、宿にもどる道は真っ暗。星がきれいに見えました。
今日の歩行距離22km。久々に長距離を歩いて疲れきった足を投げ出して、泥のように眠った1日目の夜でした。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/