第8回 シュトゥットガルトから、ブドウ畑に抱かれた町へ
南ドイツの巡礼路を歩く旅、前7回まではミュンヘンを起点にずうっと南下してきましたが、今回と次回はちょっと趣を変え、シュトゥットガルト周辺の巡礼路からお届けしたいと思います。
ミュンヘンから列車で2時間半ほど。別件の仕事があって訪れたシュトゥットガルトですが、山に囲まれた盆地に位置する、落ち着いた地方都市といった風情。いまにも雨が降り出しそうな曇天とは対照的に、人出も多く活気が感じられます。
しかし私が目指すのはヤコブスヴェーク(Jakobsweg、ドイツ語でサンティアゴ巡礼路のこと)。街の散策もそこそこに、Sバーンに30分ほど揺られ、シュトゥットガルトの北東に位置するヴァインシュタット(Weinstadt)という駅まで移動しました。ここから、エスリンゲン(Esslingen)という街まで南下する約20km弱のヤコブスヴェークを歩くことが今回の目的です。
ヴァインシュタットに入った時点で時刻は16時。今晩はこの町に泊まり、明朝から歩き出す計画です。Airbnbを使って探した、このあたり唯一の宿の窓から見える眺めはこんな感じ。なんのへんてつもない(失礼!)、でもどこかほっとするような場所です。
適当なレストランなども見当たらなかったので、夕食は途中寄ったスーパーで買った、チーズをのせて焼き上げたブレーツェル(プレッツェル)とバナナで……。
通常、大人の足なら1kmを10~15分、4~5kmを約1時間で歩く計算になるので、つまり20kmを徒歩で行こうと思ったら4~5時間といったところ。しかし、巡礼路はアップダウンやぬかるみ、石でごつごつと歩きにくい道も多く、おまけに1度や2度は道を間違える。もちろん休憩も必要。ということで、7~8時間はみておきたい。この時期の日没が16時台なことを考えると……ともろもろ検討し、翌朝起き出したのは朝6時半。準備を整え、まだまだ暗い中を歩き出しました。
気温は4℃。昨日に引き続いてのどんよりと重たい空ですが、夜明け前の爽やかな空気と鳥の声に、毎日日の出前から歩いていたスペインの巡礼路を思い出し、気分も盛り上がります。
住宅地を抜け、だいぶあたりが明るくなってきたあたりで巡礼路の印、ホタテマークを発見。よかった、このあたりにもちゃんとヤコブスヴェークの道しるべが設置されているようです。
ついでにこんなものも見つけました。道端に放置されているクリスマスツリーの残骸。この時期のドイツの風物詩です。
景色が開け、ぐっと土のにおいがしてきました。空気はしっとりとして着ていたダウンジャケットを湿らせ、夜に雨が降ったのか、道もぬかるんでいます。かじかむ手に息をふきかけながら、先へ進みます。
2時間ほど歩いてきたところで、シュテッテン(Stetten)に到着しました。ワインを生産するためのブドウ畑に抱かれた、小さな町です。シュトゥットガルトがあるバーデン=ヴュルテンベルク州はワインの生産が盛んで、この土地で作られたすっきりとしたフルーティーな赤ワインは、ほかの州に出回ることが少ない希少品と聞きます。「なにはなくともビール!」なバイエルン州、ミュンヘンから来た私にとっては新たな文化圏。このどこかしっとりとした空気も、天気だけのせいではないように感じられます。
ワインショップなどと並んで、こんなものも見かけました。ドイツのあちこちに設置されている「Öffentliches Bücherregal(Öffentlicher Bücherschrankとも)」、好きな本を持っていくのも自由、いらなくなった本を置いて行くのも自由な「みんなの本棚」といったところ。野ざらしなのに本がそれほど傷んでいる様子がないのは、さかんにやり取りされているからでしょうか。
ブドウ畑の丘にふもとのベンチに腰を下ろして、持っていたチョコをかじってしばしの休憩。土曜日のせいでしょうか、住民たちはまだ活動前のようで、町はしんと静かです。葉が茂る春、実がなる夏、そして収穫の秋に訪れたらまた違う表情を見せてくれるはず……荒涼として見える丘を臨みながら、再訪を誓うのでした。
(シュトゥットガルト巡礼路の旅、後半は次回へ続きます)
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004 年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行 本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/