第9回 バーデン=ヴュルテンベルクのワインと伝統料理と
南ドイツのサンティアゴ巡礼路、ヤコブスヴェーク(Jakobsweg)を歩く旅は、前回に引き続き、シュトゥットガルトを州都に置くバーデン=ヴュルテンベルク州からお届けします。
途中、シュテッテン(Stetten)という小さな町のベンチに座ってひと休みをしていると、みるみる体が冷えてきました。10分も歩けば寒さなんて気にならなくなるもの。どんより空の下、さあ再び出発です。
ブドウ畑の丘のふもとに沿ってずっとのびる道の途中、こんな貼り紙を発見しました。
「ベーゼンは'15年10月23日金曜日から11月15日日曜日まで」……これが噂に聞く「ベーゼン」! と少なからず興奮すると同時に、期間がすっかり終わってしまっていることに落胆。
「ベーゼン(Besen)」というのは、ワイン生産が盛んな地域独特の習慣で、ワイン農家の蔵などの一角を一般に開放し、そこで作られたワインと簡単な郷土料理をいただける期間限定のワイン酒場のようなもの。聞くだに魅力的です。
「ベーゼン」はドイツ語で「ホウキ」を意味しますが、「ここで今ワイン酒場をやってますよ」という目印に入り口にホウキを立てかけていたことからベーゼンと呼ばれるようになった、という謂れも素朴で心惹かれます。
そういえば途中、こんな看板も見かけていました。
こちらは大手ワイナリーの看板のようですが、こんな感じでホウキが表に出されるのでしょうか。これはもう、いずれ再訪するしかありません。
さて、ベーゼンに後ろ髪を引かれながらも道しるべのホタテ印に従って進んでいくと、ほどなくしてブドウ畑が途切れ、山道へと入っていきました。
それほど険しい山道ではないものの、天気も手伝ってさみしいような雰囲気。うつむきがちに早足で歩いていたら……あれ、分かれ道に来てもホタテ印が現れません。どうやらどこかで道を間違えてしまったようです。スマホで現在位置を確認すると、ずいぶんとおかしなところに来てしまっています。地図上では戻るも進むも同程度の労力のように見えたので、仕方なくそのまま軌道修正をはかりながら進むことにしました。
どんより空の下、山道をさまよい、おまけにお腹も空いてきました。疲労がじわじわと堪えてきたころに、スマホに通知が。「もしかしてエスリンゲンにいらっしゃいますか?」。この日の歩き出し、シュトゥットガルト近くのブドウ畑のなかを歩いているとtwitterに投稿していたのですが、それを読んでくれた日本人女性がメッセージをくれたのです。しかもなんと住んでいるというのは、本日の目的に設定していたエスリンゲン(Esslingen)だというではないですか! うれしくなって思わずランチに誘えば、快諾。さみしい山道で天使に出会ったような気持ちになってしまいました。
そうと決まればと再び足取りも軽くなり、無事山を越え、一路エスリンゲンへ向かいます。木々が切れたあたりからはほら、もう街が見えてきています。
街に向かう途中、こんな驚きのものを見つけました。旧東ドイツ地域、とくにベルリンに多く設置されていることで有名なアンペルマン(Ampelman)の信号です。しかしこのあたりはもちろん旧西地域。あとで調べてみると、シュトゥットガルトのほか、リューベックやハイデルベルクなどでもこのアンペルマンの姿が見られるそうです。
なにか歴史的な謂れがあるのかと思いきやそうではなく、形の可愛らしさと明瞭さ、とくに子供たちの注意を促せることから、エスリンゲンでも徐々に信号がアンペルマンに置き換えられていっているとのこと。ということは、私の住むミュンヘンにもアンペルマンがやってくる日があるのでしょうか。ちょっと楽しみです。
高台を下っていきながら、巡礼路に従ってエスリンゲン城(Esslingen Burg)を通り抜けます。
城の長い階段を下りている最中、ちょうど教会の12時の鐘があちこちで鳴りだしました。そしてそれに合わせて、街に設置されているのであろう、仕掛け時計の音楽もキンコンと聞こえてきます。「ここまで来てよかった!」、静かな感動が胸に押し寄せて、思わず足を止めて街を眺めます。
「ちょうど便利な距離にあったから」というだけで目的地に選んだエスリンゲンですが、ご覧のような可愛さ!
シュトゥットガルトを訪れる機会があれば、足をのばして間違いのない街でしょう。
そして私の天使、エスリンゲンに住むオットー史乃さんとも合流!
史乃さんおすすめのレストラン『Brauhaus zum Schwanen』に連れていってもらい、在独日本人同士のおしゃべりに花が咲きます。
もちろんお伴にはこの地方のワインを。史乃さんに教えてもらって、ドイツ最古のゼクト(Sekt、ドイツのスパークリングワイン)メーカーとして有名だというKESSLERのロゼを注文しました。う~ん、これは美味しい!
私がいただいた食事は、バーデン=ヴュルテンベルク州の一部を含むシュヴァーベン地方の郷土料理「マウルタッシェン(Maultaschen)」。ハーブなどで香りをつけたひき肉をパスタ生地で包んだ、ちょうど大きなラビオリのような料理です。スープなどに浮かんでいることもよくあるようですが、ここではじっくり炒めた玉ねぎをのせて、ポテトサラダとともにやってきました。かなり大きなサイズでしたが、空腹も手伝ってぺろり!
まだまだおしゃべりを続けていたかったのですが、この日は夕方のシュトゥットガルト発の列車に乗り、ミュンヘンに帰らなくてはいけません。再会を約束して、史乃さんとはここでお別れ。エスリンゲン駅からSバーンに乗り、シュトゥットガルトに戻りました。
前回、今回とちょっと遠出して訪れたバーデン=ヴュルテンベルク州の巡礼路。ワインの生産地独特の風景、アンペルマン、素敵なエスリンゲンの街、そして思わぬ出会いなど、よい徒歩の旅となりました。
次回からは再びミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(Münchner Jakobsweg)、バイエルン州の巡礼路の旅を続けたいと思います。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004 年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行 本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/