第6回 湖畔を歩けば「ドイツのふつう」が見えてくる
南ドイツをはしるサンティアゴ巡礼路のひとつ、ミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(参考:Münchner Jakobsweg)をたどる旅。第6回目の本日はヘルシング(Herrsching)駅からのスタートです。
駅を出て右手に進むと、数分でアマー湖(Ammersee)にぶつかりました。前回までのイーザル川、シュタルンベルク湖に、こちらのアマー湖、そして今後目指すことになるボーデン湖。どうやらミュンヒナー・ヤコブスヴェークはずっとしっとりとした水辺をたどっていく様子。からからに乾いた道を歩き続けるスペインの巡礼路とずいぶん趣が異なり、これもまた面白いものです。
ヘルシングは南北に細長いアマー湖の東岸に位置しています。巡礼路は湖の北岸、西岸に沿ってぐるりとはしり、その後南下していきます。わざわざこんな遠回りをするわけはまたのちほど……。
湖沿いの整備された遊歩道を気持ちよく進みます。このあたりは夏の別荘地や高級住宅が点在する、南ドイツでもとくに裕福な人々が暮らす地域。散歩中の人々も、連れられた犬まで、どことなく優雅な様子です。
と、こんな看板を見かけました。「Hundekotentsorgung(フンデコートエントゾルグング)」、直訳すると「犬のフン廃棄物処理」。鉄製の箱のなかからビニール袋が無料で取り出せるようになっていて、これは便利。
私がドイツで暮らし始めたばかりのころ、なにより驚いたのはこの国の「ドッグフレンドリー」さでした。トラムや電車、デパート、なんとレストランのなかにまで、飼い主に連れられた犬が(もちろんバッグなどに入れられることもなく)堂々と入ってきています。
飼い主たちも愛情深い様子で、しっかりと犬たちをしつけています。もっとも、道路に“犬の落とし物”を見かけることはたまにありますが……。
さて、湖を少しそれて牧草地帯を歩いていると、向こうのほうがなにやらにぎやかです。ほどなくして見えてきた小屋の前にひしめきあっているのは、大量の鶏!ずうっとむこうの丘の上のほうまで、放し飼いにされた鶏たちが悠々と歩き回っています。
ドイツでは鶏のケージ飼いが2010年に禁じられたため、これが主流の育成方法なのでしょうが、鶏舎といえばぎゅうぎゅう詰めのケージを思い浮かべてしまう私にとっては、ちょっと珍しい風景に感じられます。
今回は不思議と景色よりも人の暮らしに目が行くようで、次に発見したのはこちら。木々に隠れて、木製のはしごのようなものが見えるでしょうか?これは、イェーガー(Jäger)と呼ばれる猟師たちが身を隠す場所。夜更けから早朝にかけてこの小さな足場に身を隠し、やってきた鹿やイノシシを撃つのだそう。大変な仕事です。
またまた見つけたのはこちら。植林されたばかりのモミの苗木です。上部にふわふわとした毛のようなものがひっかかっているのがわかりますか?これは、おそらくですが犬の毛。鹿がやってきてせっかくの苗木を食べてしまわないように、獣のにおいをつけてあるんです。
ちなみに、ドイツには天然林はもうほとんどなく、わずか2%が残されているのみだそうです。同じ基準で調べられたものがどうかはわかりませんが、日本の天然林が50%を越えていることを思うと、日本の森林がいかに豊かなものかわかります。
……とこんな調子できょろきょろしながら3時間ほど歩き続けたところで、道はまた湖岸に戻りました。ちょうどお腹も空いてきたころに、どこからかぷうんといい匂いが。しかもこれは、まごうことなき魚の焼ける香り!
においが強くなるほうへ鼻をならして進んでいけば、はたして湖畔のビアガーデンで、串焼きの魚が売られているではありませんか。ドイツで暮らしていると、どうにも新鮮な魚不足に陥ります。とくに丸ごとの焼き魚は珍しく、ビアガーデンや催し事の会場でたまに見かける程度。もちろん食べない手はありません。
おじさんに「ひとつください」と言うと、「はいよ、すごく新鮮だよ!さっきまで泳いでたんだから!」と威勢よく教えてくれました。アマー湖で採れたものではなく、近くで養殖されたマス(Forelle)とのことでしたが、おじさんが言うとおり新鮮で美味しい魚でした(お醤油と大根おろしが恋しくなりましたが……)。
お腹も満たされたところで、さてもうひと息、とさらに先へ歩いていくと、「彫像の道(Skulpturenweg)」と名付けられた道に入りました。「彫像の道」は、自治体による新規プロジェクトのようで、道に沿って点々と地元のアーティストたちによる作品が屋外展示されていて、これは楽しい。足の疲れを紛らわせてくれます。
そして本日のゴールはここ、「聖ヤコブ教会(St.Jakobskirche)」です。第1回のミュンヘン市内のスタート地にあった教会と同じ名で、この道の最終着地のサンティアゴ・デ・コンポステーラで眠っている聖ヤコブを祀った小さな教会です。道がぐるっと遠回りをしていたわけは、巡礼者たちが必ずこの教会を訪れ、祈りをささげているからなのでしょう。キリスト教徒ではなくとも、聖ヤコブはこの道を歩き続けている私には特別な人。ちゃんとお祈りをして、帰路につきました。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004 年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行 本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/