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「ドイツでは、クリスマスに最も殺人が多い」 天才シーラッハからのブラックな贈り物!

フォン・シーラッハ『カールの降誕祭』 Ⓒ東京創元社

「ドイツでは、クリスマスに最も殺人が多い」 天才シーラッハからのブラックな贈り物!

異色な作家シーラッハの異色な短篇集『カールの降誕祭』
本作は、あのハードカバー版『犯罪』『罪悪』の表紙を彩ったタダジュンさんの絵を満載したアート書籍でもあります。オビには「ふたりの天才が贈るブラックな短篇集」とありますが、これは大袈裟な表現ではありません。なぜならシーラッハの文章とタダジュンさんの絵は、人間の喜怒哀楽の向こう側にあるナニカと手前にあるナニカ、ともに定義されざる精神的領域を、危険なほど上質に深く正確に突くという点でそもそも共通しているからです。波長も合っています。
当然ながらというべきか、シーラッハはタダジュンさんの表紙と挿絵が大のお気に入りです。自作品の装丁でこれほど魅力的なのは他にないとのこと。納得ですね。

本書は、それぞれが中・長篇に匹敵する濃度を持った短篇3本から成っています。もちろん、シーラッハ初体験という読者の方も問題なく堪能できる内容ですが、ファンの方にとっては見のがせない背景がそれぞれの作品に存在します。

© マライ・メントライン

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『パン屋の主人』は、『コリーニ事件』の脇役が主役を演じるスピンオフ。『ザイボルト』は、本来『罪悪』のなかの一篇となる予定だったのが独立したもの。そして表題作『カールの降誕祭』は、あの問題作『禁忌』の原型と思われる作品です。ストーリーの前後半で世界観が変質する『禁忌』の前半部を単独作品として成立させた趣があるので、そういう路線を内心で熱望していた(少数派とはいえないかもしれない)読者にとって必読の一篇と申せましょう。

ちなみに『カールの降誕祭』は、数十年にわたって静かに腐臭を放ち続けてきた巨大なクリスマスケーキを「廃棄処分」するような話です。その作業のために、立派な人間ひとりの人生がみごとに食いつぶされます。こんな話を、『シュピーゲル』誌のクリスマスイブ前日号に「贈り物」として掲載してしまうシーラッハはやはり素晴らしい。
もし、人間精神の最深部について語り合う覚悟と適性のある相手がいれば、これほどプレゼント用に最適な逸品は他に無いでしょう。本書はそういう存在です。

ときにシーラッハ作品では多くの場合、既知の世界、既知の価値体系から一歩外に踏み出してしまった人間たちが描かれます。そしてそこに生じる「ああ、そういうもんだよね~」的なあるある要素と、「えええ? そう来るか!」的な意表突き要素…その両者の絶妙かつ致命的なバランスこそ、シーラッハ視点の真骨頂といえるでしょう。

© マライ・メントライン

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このような観点から人間心理の「異界」「暗黒面」の核心を突く作品、もちろん他にも正攻法な文芸的良作の例はあるでしょうけど、特に日本の場合は、予想されざるサブカル領域における成果が顕著です。というか目につきやすいところにあります。
世間一般では「過激お下劣ギャグマンガ」として認識されている『デトロイト・メタル・シティ』もそのひとつです。
多少ゆがんだ(←ココ大事)善意にもとづく思い入れと思い込みが、結果的に何をもたらすのか…ひとつの体の中で矛盾しあい、無自覚に並存するふたつの価値体系。『デトロイト・メタル・シティ』の主人公はまさに『パン屋の主人』と類似の原理で、べつに滅びなくてよかったはずの世界をいくつか壊滅させます。
重要なのはその「原因と結果」の因果性について、一見論理的に整合しているようでありながら、よく考えると実は微妙に「整合しているともいないとも言いきれない」深みが存在する点です。そう、実はここが人間心理の暗黒面の重心であり、シーラッハ作品の真意を読み解くひとつのポイントであるかもしれません。

シーラッハ文芸と『デトロイト・メタル・シティ』を同じステージで語っていいのか? というツッコミがありそうですけど、観念世界の内部のつながりというのは、意外にそういうものじゃないかという気がします。
ということでクリスマス前、ドイツ文化センターにて、本作を中心とするシーラッハ特集の素敵イベントが開催されます。


ⒸGoethe-Institut‎-Tokyo

ⒸGoethe-Institut‎-Tokyo



ドイツエンターテインメントの夕べ
【ブラックなクリスマス・プレゼント-フェルディナント・フォン・シーラッハ『カールの降誕祭』を読む】
日時:2015年12月17日(木) 18:30~
場所:東京ドイツ文化センター図書館(2階)
入場無料!

今回も翻訳家である酒寄進一さんに、作品内容及び翻訳について語っていただきます。短編三本からなるあれやこれやを、これまでの短編集『犯罪』『罪悪』や、長編『コリーニ事件』『禁忌』も交えて四方山話をしていただきたいと思います。
酒寄進一先生とマライ・メントラインさんによるトークをお楽しみください!

詳細はこちらのリンクをご参照

ドイツ文化センターのサイトには「要参加登録」とあります。人数規模を把握するために参加申請をしていただいたほうが助かるからですが、ぶっちゃけ、アポなし飛び込みで来ても大丈夫だったりします。ぜひいらしてください!
ということで恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します!

それでは皆様、SATSUGAIせ… じゃなかったFröhliche Weihnachten!

(2015.12.12)

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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