第4回 メルヘン王の没した湖に向かって
あたりが霧にけぶる朝をむかえると、いよいよ冬が近づいてきたと感じます。朝9時、気温は0℃!今回の南ドイツのミュンヘナー・ヤコブスヴェーク巡礼(参考:Münchener Jakobsweg)は、小さな町の小さな駅、エーベンハウゼン・シェーフトラルン(Ebenhausen-Schäftlarn)駅からからはじまります。
■のどかな牧草地帯が広がった
霧が晴れれば、素晴らしい快晴。終わりかけの紅葉が陽光に照らされてまぶしいくらいです。前3回はイーザル川沿いをずっと南下してきましたが、今日からは西に進路を取ります。
すると、どうでしょう。これまでとは景色ががらりと変わって、豊かな牧草地帯が広がりました。まだまだ鮮やかな緑色を残す広々とした大地に、すうっと1本の道が通る、なんとも巡礼路らしい景色です。家畜のにおいもまた一興。放牧されている牛が、カメラをかまえる私を興味深げに見つめてきます。
今日は分かれ道ごとにホタテの印が現れ、巡礼路はこちらだと教えてくれます。途中、「ヤコブスヴェークを歩く人たちへ」とペットボトルの水のケースが設置されていたり(残念ながら中身はすべて空!)、マリア像を祀った小さな祠があったりと、ミュンヘンから遠ざかるたび、深い信仰心をそこここで感じられるようになってきました。
のんびりと草をはむ馬たちの向こうには建設途中の風力発電の風車が見えますが、同時にその建設に反対する「NEIN!」と書かれた看板なども散見されます。ほどなく林に入りましたが、このあたりの地下には貴重な水源があり、厳しい水質保全区域にも設定されているようです。人々の景観や環境保全への意識もより高いのでしょう。
■悲運の王の謎の死
さて、林の中を進むうちに、どこからか激しく行きかう車の音が聞こえてきました。あれ、今日は大きな道路のそばは通らなかったはずなのに……と地図をチェックすれば、いつしかまったく違った方向へ歩いてきてしまっていたようです。がっくりと疲れが来るのはこんなとき。仕方なく、約30分ほど進んできてしまった道をもとへたどります。
日向ぼっこをする鶏をからかいながら、ハルキルヒェン(Harkirchen)という村を過ぎ、「ミルク山(Milchberg)」なんてかわいらしい名前がついた道をのぼっておりれば、さあ、本日の目的地、シュタルンベルク湖(Starnberger See)に到着です。はるか向こうには、ドイツ最高峰、2962mのツークシュピッツェの姿も望めます。
この湖は、ノイシュバンシュタイン城など、数々の城を建設したことで有名なかのメルヘン王、ルートヴィヒ2世が不可解な死を遂げた場所として知られています。家臣たちの計画によって退位させられ隠居生活を送っていたルートヴィヒ2世は、ここで担当医師とともに遺体となって発見されました。1886年6月、彼が41歳のときのことでした。その死は自殺か他殺か、いまでも真相はわからないままです。
■さあ、お腹が空きました!
時間はすでに15時近く。ここで遅めのランチをいただくことにします。目についたレストランに入り、「パンケーキのスープ(Pfannkuchensuppe)」と「鹿肉のグーラッシュ シュペッツレ添え(Hirschgulasch mit Spätzle)」を注文。
パンケーキのスープは、薄く焼いたパンケーキを細切りにしてコンソメスープに浮かべたもの。クセのない美味しさで、子供たちにも人気の一品です。
続く「鹿肉のグーラッシュ」は、赤ワインとカルダモンがきいたちょっと大人味なシチュー。よく煮込まれた鹿肉は柔らかく、好みでつけていただくベリーのジャムとの相性もなかなかです。「シュペッツレ」はシュトゥットガルトのあるシュヴァーベン地方発祥と言われる素朴なパスタ。卵の風味が濃く、ボリューム感たっぷり。
お腹もいっぱいになったところでまた湖のほとりに戻り、よってきた鴨に持っていたライスクラッカーをあげながらぼんやり。湖の水を触ってみればかなりの冷たさ。春の終わり、ここに浮かんだルートヴィヒ2世もさぞかし寒かったことだろうと思いをめぐらせるのでした。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004 年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/