第3回 白い羽と玉ねぎケーキ、ギムナジウムの悪ガキ
朝10時。アパートの窓からいまにも雨が降り出しそうな空を眺めて逡巡しているうちに、出発がすっかり遅くなってしまいました。巡礼路を歩くならできればすっきりした天気の日に、と思うものの、今日をのがせばしばらく雨が続くよう。思い切って出かけることにしました。2日目のミュンヒナー・ヤコブスウェーク(参考:Münchner Jakobsweg)探訪です。
向かったのはカールスプラッツ(Karlsplatz)。ミュンヘン市民からは「シュタフス(Stachus)」と親しげに呼ばれる交通やショッピングの中心地です。
カールスプラッツ駅構内、日本のJRにあたるSバーン乗り場手前にあるパン屋で、アプフェルシュネッケ(Apfelschnecke)とミルヒカフェ(Milchkaffee)の朝ごはんをさっといただきます。
ドイツパンというと、黒っぽくて酸味があるどっしりとしたパンを想像するかもしれませんが、こんな菓子パンもちゃんとあるんです。「カタツムリ」を意味する渦巻き状の「シュネッケ」はとくに私のお気に入りで、レーズンやヘーゼルナッツのものはおなじみですが、アプフェル(りんご)のものは初めて見かけました。揚げパンのようなさっくりふわふわ食感で、甘いけど美味しい!ミルヒカフェ(カフェオレ)にもちろんよく合います。
■山道を照らすホタテの道しるべ
Sバーンに乗って約20分。前回の巡礼を終えたポイントのフルリーゲルスクロイス(Höllriegelskreuth)駅に到着。さあ、今日はここから再びスタートです。
気温は7℃。前回と比べてぐっと寒く、秋もすっかり深まってきました。ドイツの人々が「黄金の十月」と呼ぶとおり、木々が黄色く色づき、紅葉も見ごろ。足元のふかふかの落ち葉を踏みしめながら歩を進めると、12時頃、イーザル川のほとりに出ました。ランナーたちに時折出会うほかは、人気はほとんどありません。
ホタテの道しるべに従い、今度は山道に入りました。相変わらずの曇天で、野ネズミがかさこそと忙しげに前を横切ったり、鳥が時折さえずるほかは、聞こえるのは自分の足音ばかり。しかし、前回までと違い、この日は道々にホタテが現れ、少しさみしい道のりをほんのり照らしてくれます。
ふと気づけば、木々のすきまから遠く教会の塔が見えます。地図によると、バイエルブルン(Baierbrunn)という小さな町のよう。先生に連れられて来たのでしょう、森の中で10数名の小さな子どもたちが夢中になって遊んでいます。切り株によじ登ったり、落ち葉の上でころころしたり、きっとどんぐりでしょう、熱心に何かを拾ったり……自分の子ども時代を思い出して思わず頬がゆるみます。
バイエルブルンを通り過ぎると、14時ごろになってついに小雨がぱらつきだしました。念のためレインコートも持ってきていましたが、それを身に着けるほどではないので、足早に先を急ぎます。
■足元に転がったパンのかけら
15時過ぎ、シェーフトラルン(Schäftlarn)という町に建つ立派な修道院に到着しました。お腹がぺこぺこですが、まずは修道院の内部を見学します。真っ白な壁や天井に、金の細工と淡い色あいの絵画が映え、なんとも言えない美しさです。
外に出て、庭も見てみようと横手に回り込むと、おや?なぜか大勢の子どもたちの声が響いています。案内板を見れば、この修道院にはギムナジウムが併設されているとのこと。すると、足元にてんてん、と何かが転がりました。見れば小さくちぎったパンくず。飛んできたほうを見上げれば、窓際に座った少年たちがそっぽを向いてくすくすと笑いをこらえています。こんなところまでやってくるアジア人が珍しいのか、それとも誰かれかまわずこうやってからかって遊んでいるのか、いずれにしても失礼なガキども(失礼!)です。
庭に入って終わりかけのバラやいい香りのするラベンダーを眺めていると、今度はなにやら難しそうな本を小脇に抱えた少女が通りかかりました。彼女のほうは、はにかみながら「ハロー!」ときちんと挨拶をしてくれました。
■この季節にしか味わえない「白い羽」
体も冷えてきたので、修道院のすぐ向かい側にあった感じのよいレストランに入り、遅めのランチをとろうとメニューを眺めると、なんと、フェーダーヴァイサー(Federweißer)の文字が!「白い羽」を意味するフェーダーヴァイサーは、9月上旬から10月下旬のこの季節にだけ飲めるアルコール飲料。白ワインになる前の発酵途中のぶどう果汁で、軽く発泡し、さわやかな甘みが残った口当たりのよい飲み物です。このフェーダーヴァイサーとセットでよく食べられている玉ねぎケーキ(Zwiebelkuchen)も一緒に、頼まない手はありません。
ヨーロッパ諸国でよく出合う、ケーキにぐっさりと突き立てられて出てくるフォークはご愛嬌。ケーキといっても甘くはなく、ちょうどキッシュのような料理。玉ねぎが甘く香ばしく、フェーダーヴァイサーが進みます。
ほどなくすると、きっと礼拝をすませてきたのでしょう、大勢のお年寄りグループがやってきて、店内は大変なにぎやかさに。時間はそろそろ16時。先へ進もうかどうしようか迷うタイミングではありますが、窓の外を見れば小雨は降り続いたまま。今日はもう少しこの居心地の良いレストランでのんびりしていこうかな……。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/