第2回 巡礼路で待つビアガーデンの誘惑
いよいよミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(参考:Münchner Jakobsweg)を歩き出した私。
前回は、「聖ヤコブ教会(St.Jakobskirche)」をスタートし、「ヴィクトアーリエン市場(Viktualienmarkt)」でさっそくの腹ごしらえをしました。
次に目指すのは市場のすぐそばの「旧市庁舎(Altes Rathaus)」。ミュンヘン一の観光名所「新市庁舎(Neues Rathaus)」は、建物の隙間から少しだけその姿を覗かせます。
旧市庁舎を東のほうに折れたこのあたりに、道しるべであるホタテ印があると資料には書いてあったけど……と周囲を見渡しますが、どうもそれらしきものは見当たりません。分かれ道ごとに道しるべがあり迷いようのないスペインの巡礼路と違い、このあたりのヤコブスヴェークでは地図なしで歩けるほどの印はないようです。
事前にGoogle Mapを使って作成しiPhoneにダウンロードしておいた地図をたよりに、歩を進めます。「イーザル門(Isartor)」を抜け、5分も歩けばイーザル川。ここからたっぷり40kmは、川沿いをずっと上っていくことになります。
薄いダウンを着てきましたが、少し歩けば汗ばむほどの陽気。川べりで思い思いに過ごす人を眺めながら、自然科学と工業技術をテーマに扱う巨大な「ドイツ博物館(Deutsches Museum)」のそばを通り過ぎます。そこからしばらく、川岸を歩いたり少しそれて林を通ったり、橋をくぐったり渡ったりしながら快調に進みます。
ちなみにドイツにはFKK(エフカーカー、Freikörperkulutur)と呼ばれるヌーディズム文化があり、夏場にはこのあたりの川岸で全裸になってくつろぐ男女もいるのですが、さすがに秋口ではその姿は見られません。安心するような、ちょっとつまらないような……?
さらに進むと、おや、こんなところにビアガーデンが。2時間ほどノンストップで歩いてきたせいで、少し足も疲れてきました。このへんでひと休みといきましょう。かつての巡礼者だって、きっとワインやなんかを楽しんだはず、と言い訳をしながら、ビールをレモネードで割った「ラードラー(Radler)」を注文。おつまみにこの地方のパンとして欠かせない「ブレーツェル(Brezel)」も一緒に(日本では「プレッツェル」として知られています。メニューにはバイエルン方言でBreznと記されていました)。乾いたのどが一気にうるおう、至福のひとときです。
陽だまりが心地よくずっと座っていたい気分ですが、そうも言ってはいられません。ほろ酔いで立ち上がり、欧州指折りの規模を誇る「ミュンヘン動物園(Hellaburunn der Münchner Tierpark)」を柵越しに眺めながら歩けば、ぷうんと山羊たちの香りが。さっきプレッツェルを食べたばかりなのに、ざくっとしたバゲットにのせたシェーブルチーズを思い出して唾がわく自分にあきれてしまいます。
さて、その後も気持ちの良い水辺の道が続きます。まるで魔女が住んでいるかのような可愛くて不気味な家を通り過ぎたり、きっと冬支度でしょう、忙しそうに木の実を集めるリスに微笑んだり、遠くから風に乗って聞こえてくるブラスバンドの演奏とビアグラスを打ち鳴らす音に耳を傾けたり……ドイツならではの風景に心が踊ります。
いつしか道をそれてしまっていたようで、「200m am Jakobsweg→」の文字とホタテ印がついたビアガーデンの看板を見てあわてて方向修正。それにしても、この道で初めてみる道しるべがビアガーデンの看板なんていかにもだ、と苦笑します。
ついでにビアガーデンでふたたびひと休み。今回はビールではなく、ルバーブジュースのソーダ割り「ラバーバーショルレ(Rhabarberschorle)」を。続いてはイーザル川を時折下に見下ろす高台の林のなかを行きます。
人気はなく、響くのは落ち葉を踏む自分の足音ばかり。次第に日が傾き、少しさみしいような気分になったころに、プラッハ(Pullach)という住宅街に到着しました。
今日は列車に乗ってミュンヘンに戻る旅程。そろそろ最寄りのヘルリーゲルスクロイト(Höllriegelskreuth)駅に向かわなくては日が落ちてしまいます。ここまでの巡礼路はほとんどが街灯のないような道。暗くなれば危険です。
列車に乗り込む前には早めの夜ごはんを。近くにあったビアガーデンに入り、定番のたっぷりのザワークラウトが添えられた私の大好きなソーセージ、「ニュルンベルガー・ブラートブルスト(Nürnbergerbratwurst)」をささっとつまみました。
以上、本日は約18kmの道のりでした。次回はどんな風景(そして食べ物にも!)出合えるでしょうか。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆
2004年に講談社入社。編集者として、『FRIDAY』『週刊現代』『おとなの週末』各誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/