ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

カフェのケーキを一人で焼く 油田美里さん

パティシエの油田美里さん

カフェのケーキを一人で焼く 油田美里さん

ドイツ人はケーキが大好き。シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(さくらんぼの蒸留酒、生クリーム、削ったチョコレートを使ったケーキ)やアプフェルクーヘン(りんんごのケーキ)など、ドイツにはたくさんの定番ケーキがあります。

そんな定番の品とは、味もスタイルもちょっと違うケーキを焼いているのが油田美里さん。東京のカフェでパティシエとして働いた経験を生かし、現在はベルリンのカフェに活動の場を移しています。新しい魅力に満ちた彼女のケーキは、お客さんから大好評。そこで、カフェの工房にお邪魔して、これまでの道のりやケーキ作りについてインタビューしてきました。


■一人ですべてのケーキを作る
小さな店内にケーキやパンがぎっしり並ぶ、ベルリンのSchiller Backstube(シラー・バックシュトゥーベ)。ケーキは10種類前後が揃っています。このケーキを一手に担当しているのが、油田美里さんです。
お店の奥にある工房に入っていくと、ケーキの焼ける甘い匂いが。油田さんは一人きりで次々と生地を焼き、デコレーションを仕上げていました。
「時間をムダにしないように、常に次の作業を考えながら手を動かしていますね」
という言葉通り、私と話している間も一切手を休めることがありません。みるみるうちに、ケーキが何台もできあがっていきました。

油田さんが働く、ベルリンのカフェ「シラー・バックシュトゥーベ」。

油田さんが働く、ベルリンのカフェ「シラー・バックシュトゥーベ」。



工房でケーキを焼く油田さん。

工房でケーキを焼く油田さん。



勤務時間はお店の状況によって変わります。ケーキの売れ行きがよくて忙しい現在は、毎回7〜8時間働き、10台以上のケーキを仕上げています。そこまで忙しくないシーズンは、1日の労働時間が5時間程度のことも。ケーキは季節によって売れ行きが変わるので、年間で差があります。

労働時間と作ったケーキの台数は自己申告制。仕事はテキパキと素早くやり、休みの日はのんびりするのが好きだそうです。

油田さんがこの仕事を始めたのは、23歳の頃から。東京のカフェで、未経験ながらキッチンとケーキを担当したのがきっかけでした。
「最初はできないことが多くて、悔しくて泣いていました。でもお店が好きだったので、レシピの研究や食べ歩きをしていたら、だんだん上手に作れるようになって、おもしろくなってきて」

素材はほとんど同じなのに、混ぜ方や配合がちょっと違うだけで、まったく別のものに仕上がるのがケーキ。その奥深い魅力のとりこになった油田さんの心に、ヨーロッパで本場の文化に触れたいという探究心が芽生えました。


■手書き名刺持参で飛び込み営業
カフェで5年ほど働いたところで、次のステップに進むべく、お店を辞めて3ヵ月間かけてヨーロッパを旅行。毎日ケーキを食べましたが、どれも日本とはまったく違うものでした。その土地ごとの風土や文化がすべてケーキに表れていると感じ、ヨーロッパで仕事をしたいと決意します。

「ベルリンは雰囲気がよかったので、住みたいな」と思ったという油田さん。ドイツはワーキングホリデービザが取りやすかったのもポイントでした。
ベルリンでは典型的なドイツのパン屋さんや、観光客の多いカフェで働きましたが、油田さんのケーキとお店のカラーが今ひとつ合わないと感じていた頃に、職場が閉店することに。次の仕事を見つけなくてはなりませんでした。

そんなときバーで働いていた友人から、「店で働かせてほしい」とアポなしで売り込んでくる人が多いという話を耳にします。気軽に営業してもいいのだと知った油田さんは、さっそく手書きの名刺を作り、ベルリンのお店を回りました。

「そうしたら営業1日目で、今いるシラー・バックシュトゥーベに決まったんです」
ちょうどそれまでの担当者が辞めるところだったシラー・バックシュトゥーベで、試用として後日働くことになりました。
そして試しで工房に入った初日。日本での経験が生きて作業はスムーズに終了しました。正式に採用となり、その後はずっと一人でケーキを担当しています。

フルーツを焼き込んだタルト。

フルーツを焼き込んだタルト。



レモンタルトのメレンゲには、バーナーで焦げ目をつけます。

レモンタルトのメレンゲには、バーナーで焦げ目をつけます。



■外国でケーキを作り続けたい
油田さんのケーキのレシピは、東京で培ったものと、お店にあった内容をアレンジしたもの。イタリアンメレンゲがのったレモンタルトや、焼きたての生地に果汁をしみこませたケーキなど、どれも典型的なドイツのケーキとは違います。

お店がはベルリンのノイケルン地区にあり、お客さんの顔ぶれはインターナショナルで、若い人が中心。これまでドイツにはなかった油田さんのケーキはたちまち人気となり、オーナーの信頼も得られました。11月からは支店が増えて、さらに多くのケーキを任されることに。

シラー・バックシュトゥーベのお隣にあるシラー・バーでケーキをイート・インできます。

シラー・バックシュトゥーベのお隣にあるシラー・バーでケーキをイート・インできます。



「とにかくケーキを焼いているのが好きなんです。食感や味にメリハリがあるのが好きで、いつも食材や色合いの組み合わせを考えていますね。食べる人に喜んでもらえるケーキを作りたいです」
と話す油田さん。
身近な素材を使って、誰もが気軽においしく食べられるようなケーキを、ヨーロッパで作り続けたいそうです。

「これまで真面目に、一生懸命やっていたら認めてもらえました。仕事は一生懸命やれば楽しいし、周りも応援してくれるようになります」

明るく、楽しく仕事をする油田さんには、周りの人もハッピーな気分になるような雰囲気が漂っています。
もしかしたらケーキにも、そんな人柄が表れているのかもしれません。作る人も、食べる人もしあわせな気持ちになれるケーキだからこそ、これほど人気なのでしょう。

シラー・バックシュトゥーベ
http://www.schillerbackstube.com/



文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)など。http://www.kubomaga.com/

*久保田由希よりお知らせ*
このたび私の新刊『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)が発売されました。ドイツの伝統的な手工芸品やお菓子の故郷に行き、工房を取材した本です。これまであまり知られていなかった「かわいいドイツ」がぎっしり詰まっています。最寄りの書店でどうかご覧ください。ネット書店でもお取り扱いしています。

cover+obi-s
http://www.amazon.co.jp/dp/4860294378/

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

Blog : http://www.kubomaga.com

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久保田 由希