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歴史映画で知的探究心を刺激してみる!【シャトーブリアンからの手紙】

歴史映画で知的探究心を刺激してみる!【シャトーブリアンからの手紙】

2014年秋、日本にて、『シャトーブリアンからの手紙』という映画が絶賛公開されます。詳細についてはこちらをご覧ください。内容を端的に申し上げると、

①第三帝国が占領下フランスで犯した大量処刑事件(抗独レジスタンス活動への報復としてフランス人政治犯を大量銃殺)について、独仏双方の視点で描く。
②フランス人政治犯たちについては、キャラが明確になったところでみんな殺されてしまう。死亡フラグが立った人もそうでない人も、分け隔てなく殺される。
③ドイツ側の主要登場人物は、事件の記録者である陸軍将校エルンスト・ユンガーと、運悪く銃殺隊の一員となってしまう弱気兵士のハインリヒ・ベル(*)。

(*:この兵士はハインリヒ・ベル本人ではなく、「ハインリヒ・ベルをモデルにした兵士」だ、というツッコミが来そうだが、そんなことはどうでもよろしい)

…という感じです。
まずこの史実、特にギィ・モケ少年の死については、サルコジ大統領の愛国心政策との絡みでネガティブに話題化したことがあります。なので今般、独仏合作で、それも『ブリキの太鼓』『魔王』で知られるフォルカー・シュレンドルフ監督の手で映画化されたことは、政争の道具になりかけた史実に客観的・本来的な問題意識を取り戻させる面で、大きな意味があると思われます。
そんなわけで本作には、「ドイツとフランスが深い因縁を乗り越え、共に過去の真実と向き合う意義が…」という賛辞が多数寄せられそう。それはそれで重要で素晴らしいことだけど、本稿に期待される内容とはちょっと違うので割愛します。
本稿の役割はどちらかといえば、「これを事前に知っておくと、映画をより興味深く鑑賞できますよ」という観点を独自路線で提供する点にあると思われます。なのでそのへんを直球で書いてみるのです。

new0a【1:真の葛藤は「フランス人対フランス人」にあり】
ぱっと見、ドイツ人とフランス人の対立が描かれそうですが、実はフランス人どうし、ドイツ人どうしで揉めて悩む場面が多く、かつ印象的です。特にフランス人の官憲(ドイツ指揮下)と囚人の対決が物語の焦点となります。
どちらも内外からの凄まじいプレッシャーに苛まれている集団で、意図的な善悪の色付けがされていないだけに、むしろ「人間性とは何か?」というテーマが濃密に浮き彫りになります。

lettermain少なくとも官憲のフランス人たちは、自分たちの行動が、「人間的人間」を「殺す」結果に直結することをごまかしなく自覚しています。ドイツ人たちが処刑リスト…特に「数字」にこだわる中、彼らは政治思想的に反対ではあっても、一人のフランス人として、人間としてちゃんと囚人たちを認識しています。そこが重要です。
自由裁量の余地があるような無いような、微妙な状況にある彼ら官憲側の人物のふるまいを、「立場から見てベストを尽くした」と見るか「免罪符を用意した逃避」と見るか、この点だけでも半日ぐらい議論できそうだ…
…ちなみに、手塚治虫の『ブッダ』とか読んでおくと、矛盾スパイラルに陥りがちなこの本質議論の場に、一筋の光明が射すような気がします。やはり手塚先生は偉大です。

【2:エルンスト・ユンガー、その大きさ・意味・重み】
new09『SPIEGEL ONLINE』のレビューを見ると、「エルンスト・ユンガーを描いたこの映画は…」と、何のためらいもなく彼を主人公扱いしていて驚かされます。なんという大胆な言い切り方でしょうか。
しかし実際、ドイツ社会、特に思想業界の場で、ユンガーというのはそれほどの存在感をもつビッグネームなのです。むしろ日本で知られなさ過ぎ! と言えるかもしれません。いわゆる「リベラル/保守」という直線的な評価軸のどこにもダイレクトに当てはまらない存在なので、日本では「対象外」の扱いで放置されているように見えます。

何の予備知識も無くこの映画だけ見ると、ユンガーは安全地帯でヌルい日常を送っているおしゃれ軍人にしか見えません。しかし上記Wikipediaページをご覧いただければわかるように、実は彼は、第一次世界大戦の最前線で激しく「死」にまみれながら一種の昇華した死生観に達し、以降、それをめぐる文筆表現で文学・思想史に巨大な足跡を残した人物なのです。

カミーユ彼の内的境地を端的に説明するのは難しい。異論反論を承知でひとつの解釈を試みるならば、彼は、「戦場」を「非日常」ではなく、「本質が凝縮しきった日常」または「人間の真価が徹底的に試される場」として自然に受け容れるようになってしまった人物だ、という気がします。境地そのものが最高級の問題提起なのです。たとえばヴィクトール・フランクルと比較すると、いろいろ興味深いポイントが浮上しそうです。

だからこそ…
ユンガーが当時、フランス人囚人の処刑という出来事を、特に、囚人たちが「整然と死に赴いた」ことを淡々と日記に記していたという史実描写が、映画的に深い深い意味を持ってくるのです。
つまりこの映画は、スクリーンに描かれるドラマの外にある「エルンスト・ユンガーの死生観」という巨大な前提を認識してこそ初めて真価を発揮する、真の作品として成立する構造になっている、気がするのです。

ヨーロッパ人観客の場合、文化的背景からしてその「気づき」を得られやすい状況にあります。
しかし日本においてはそうでもない。
だから少なくとも、本稿の読者の皆様におかれましては、そのへんを踏まえてご鑑賞いただき、できればユンガーの著作にも触れてみていただきたい! と思う次第です。

【3:共産レジスタンスはカトリシズムの夢を見るか?】
new011俳優陣について。
あの超話題作『ヒトラー最期の12日間』で、容貌的にはあまり似てないにも関わらず見事にヨーゼフ・ゲッベルスを演じきったウルリッヒ・マテスが、今回エルンスト・ユンガーを演じています。知的で複雑な内面を自然にうかがわせる存在感はさすがです。

しかし登場人物中、もっとも強力なオーラを放っていたのは、死を前にした囚人たちの最後の言葉を聞き、遺書を託されるために派遣されるモヨン神父役の人(ジャン=ピエール・ダルッサン)です。それにしてもこの雰囲気、どこかで見たことあるような…と思ったら、このお方でした。もし「彼」が派遣されていたらナチスを相手にいかなる揉め方をしたか、想像するだけでも恐ろしい。

new071【4:そして、その上で気になったこと…】
敢えて厳しいことを申し上げれば、兵士ハインリヒ・ベルが所属する歩兵部隊(処刑任務を与えられる)の指揮官が、あまりにピンクフロイド的な紋切り型の権威軍人キャラクターなのが気になります。そのせいで、この映画全体が必要以上に類型的なものに見えてしまう可能性があるからです。
「小官は自信がないので、処刑任務は勘弁してください…」と泣きを入れるハインリヒ・ベルに対し、指揮官は「何を? この腰抜け野郎ッ!(以下略!)」みたいな想定内の罵倒を浴びせまくってハインリヒを隊列に突き戻すのですが、もし、そんなありがちな激昂を見せず、

「おい、腰抜け野郎。実はな、俺も物凄く不安で不快なのだ。だが、軍人宣誓をした以上、我々はこの任務を遂行せねばならん。だから撃つのだ…」

と冷静に述べて場を収めたりしたら、それこそオールタイム殿堂入りな傑作映画だったのに…とか勝手に思ってしまいます。あくまで個人の感想ですが。

…と、そんなハイパーな議論の核としてもオススメな映画『シャトーブリアンからの手紙』は、10/25から日本全国順次公開です。どうぞよろしくお願い致します。

※今回使用した写真は、本作配給のムヴィオラ様からご提供いただいたものです。どうもありがとうございました!

ではでは、今回はこれにて Tschüss!

(2014.10.17)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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