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ミュンヘンは意外と閉鎖的!?

german woman in typical bavarian dress dirndl

ミュンヘンは意外と閉鎖的!?

以前、ドイツの「都会」、日本の「都会」というコラムの中で私の故郷のミュンヘンについて書きました。

ミュンヘンは私の育った町、色々な思い出がつまった町です。私にとってミュンヘンとは故郷なので、ミュンヘンのことを思い出すと、あたたかい気持ちになります。(もっとも今の暑い夏、「あたたかさ」は必要ないのかもしれませんが・・・笑)

冒頭に書いたとおり、ミュンヘンは私の故郷ですので、私自身はミュンヘンに行くたびに癒されるのですが、もしかしたら自分の故郷や育った場所というのは、人間、やっぱりどうしても贔屓目に見てしまうものなのかもしれません。

ただ贔屓目ナシで見ても、たとえばミュンヘンの街の景観などにスポットをあてると、客観的に見ても、ミュンヘンは素敵な街だとは思うのですけどね。

でも、違う町や違う国で育った人がミュンヘンに引越しをし、現地になじもうとすると、けっこう大きな壁にぶち当たったりします。そう、ミュンヘンは残念ながら香港やシンガポールとは違い、「よその地からやってきた人」に対しては少々冷たい町のようです。

今回はそんなミュンヘン人の「気質」について書いてみます。

私は日本に来てから、日本人、トルコ人、(ミュンヘン出身でない)ドイツ人など色々な人から「3年間ミュンヘンに住んだけど、ミュンヘンでなかなか友達ができなかった」というような話を各方面から聞きました。その人達は、日本にいる時はとても社交的な人達です。また彼らはミュンヘンに行く前は、シンガポールや香港等に滞在し、その都度、新たな地で比較的簡単に友達ができたのに、ミュンヘンでは上手くいかず友達が中々できなかった・・・という話をよく耳にするのです。そういった話を聞くたびに、もしかしたら友達ができないのはその人本人に原因があるのではなく、ミュンヘンの保守的な雰囲気というか多少閉鎖的な雰囲気に原因があるのかもしれない、と思うようになりました。

考えてみると、たしかに思い当たる節はあるのです。たとえばミュンヘン育ちの一部の人達には、初対面の人に対して“Die ist aber nicht aus München, oder?“ “Sie sind aber nicht aus München, oder?“をやたら連発する人がいたりします。そう、「あの人はミュンヘン出身の人じゃないわよね?」「アナタはミュンヘン出身の人ではないわよね?」と確認したがるところがあるのですね。そしてその確認作業が時に決して感じの良いものではなく、「私は地元(ミュンヘン)の人だけど、あなたはヨソから来た人よね」といったニュアンスを含んでいることも残念ながら否定できません。(もちろん全員ではないですけど、そういった空気というか雰囲気がミュンヘンにあるのは確かです。)

上記の“Sie sind aber nicht aus München, oder?“ “Die ist aber nicht aus München, oder?“に続いて、もう一つミュンヘンでよく聞くセリフがあります。それは“Die kenn`ich ja gar nicht.“という言い草です。日本語に訳すと、「私はあの人のこと、知らないし。」という意味ですが、これも決して感じの良い言い方ではないのですね。この言い草にもズバリ「私はずっとここにいる(ミュンヘン地元の)人だけど、私はアナタのこと知らないし。アンタいったい誰?」というようなニュアンスが含まれているわけです。新しくこの街にやってきた人にとっては酷ですね。

ちなみに私自身は現地(ミュンヘン)に「地元の人」として住んでいた頃はこのことにあまり気付かなかったのですが、故郷を離れて日本で生活するようになってから、上記のようないわゆる「感じ悪い系のドイツ語」に敏感になりました(笑)

まあバイエルン地方の方言も含めドイツ語はそもそも柔らかい言語ではありませんし、どちらかというとキツメの言い回しが多いのは確かです。ただ上記のようなことを言っている人達が必ずしも悪い人達ではなく、知り合いや友達になってみると誠実で良い人達だった、ということもあります。現に私のミュンヘンの友達にも上記のセリフを連発している人がいますし(苦笑)

ミュンヘンは「国際都市」と言われてはいるけれど、ミュンヘンの街に、シンガポールや香港のようなオープンさやインターナショナルな雰囲気が無いのは確かです。どちらかというと、ミュンヘンの人というのは日本でいうと名古屋の人に近いのかもしれません(こんなことを書くと名古屋の人達に怒られちゃうかな)。

ミュンヘンも名古屋も、その国の「首都」ではなく地方都市だけれど、比較的景気が良い町であり、そこに住んでいる人達は必ずしも首都に出て行こうとか、メジャーになろう、という志向はない。我々は我々だけでやっていこうではないか、という思考が比較的強い街だと思います。

そういえば、前に横浜(仲町台)にあるドイツ学園のOktoberfestに、ベルリン出身とケルン出身のお友達と一緒に行ったことがあります。10歳ぐらいの男子生徒がOktoberfest(ドイツ学園のOktoberfestは学園祭のようなものでもある)で、英語訛りのドイツ語でお客様への呼び込みのようなもの(「おいしいよー。食べて行ってよ」のような)をしていたのですが、多くの人は相手が子供ということもありちょっと立ち止まったりその男の子とお話をしたりしていました。そんな中、その男の子に声をかけられた瞬間に「ふん!」といった感じでスーッと通り過ぎた女子がいたのですが、それを見た瞬間、私のケルン出身とベルリン出身の友達は大笑いして、こう言ったのでした。「あはははははは・・・あの女の子、絶対にミュンヘン出身だよね!」(“……Die kommt bestimmt aus München!“)申し訳ないけど、私も一緒に大笑いしてしまいました。確かにそういうところ、あるもの。

もちろんミュンヘンは私の故郷なので、私はそれでもミュンヘンは好きなのですが、上記のような指摘を受けると、「ああああ確かにあるよなあ、ミュンヘンそういうところ」と思うのでした。

国際的な雰囲気、外国人に対してのオープンさ、というようなものに関してはミュンヘンはベルリンに負けているよなあ、と毎回思います。ミュンヘンは長く住めば居心地の良い街であることは確かなのだけれど、そこまでにいくのが(人間関係の面で)大変というか。2、3年だけ滞在する人にはもしかしたら冷たく感じられる街なのかもしれません。

そして思うのは、自分の故郷の、こういったちょっとネガティブなことも見えるようになったのは、私が一度「故郷」という場所から離れてみたからなのかもしれない、ということ。良くも悪くも「離れてみたからこそ」見えてくるものがあるのですね。

もちろん故郷が大切な場所であり続けることに変わりはないのだけれど、そして「故郷」は誰にとっても大切なものだと想像しますが、少し離れてみると、冷静にその土地や人々について見ることができるようになるとも思うのです。夢がないと思われるかもしれませんが・・・。

今回は大げさに聞こえるかもしれませんが「離れて見る故郷」のお話でした。

皆様これからもどうぞよろしくお願い致します。

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サンドラ・ヘフェリン

ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴19年、著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ) 、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: ヒラマツオ/KADOKAWA)、「『小顔』ってニホンではホメ言葉なんだ!?~ドイツ人が驚く日本の「日常」~」(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: 流水りんこ/KKベストセラーズ)」など計11冊。自身が日独ハーフであることから、≪ハーフはナニジン?≫、≪ハーフとバイリンガル教育≫、≪ハーフと日本のいじめ問題≫など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ 「ハーフを考えよう!」 を運営。趣味は時事トピックについてディベートすること、カラオケ、散歩。

サンドラ・ヘフェリン