ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

Uボートに興味があっても無くても!!

Uボートに興味があっても無くても!!

Uボートに興味があっても無くても!!

夏です。夏といえば海。海といえば、ドイツ的にはUボート!!

…えー、いささか強引な導入で恐縮ですが、皆様いかがお過ごしでしょう?



YG_JA_3274[1]私は、「もとUボート基地の町」キールに帰郷しながらこの文章を書いております。北ドイツの夏は、高温だけど多湿ではないのでちょっと過ごしやすいといえますね。



ときにUボート系の作品は、一般的にミステリではなくアクション・サスペンス系の領域で語られることが多いです。ちなみに、映画化された有名なブーフハイムの『Das Boot』、あれは強いて言えば文学作品でしょう。

というわけでUボートという存在は純ミステリ的な文脈と縁遠いはずなのですが、意外なところに凄いお宝が潜んでいるのです。



YG_JA_3272[1]本稿、基本的にはドイツ語文芸を取り上げますが、「ドイツをテーマにした作品」で語るに値するものなら何でも拒まず、というスタンスを取っております。

そこで今回取り上げるのは、実はそもそもフィクションですらないドキュメンタリー作品、『エスクワイア』誌編集者ロバート・カーソンの手になる『シャドウ・ダイバー』です。



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1991年、アメリカ東海岸ニュージャージー沖の海底で、古い潜水艦の残骸が発見された。調査したところ、それは、正真正銘の旧ドイツ海軍のⅨ型Uボート (長距離作戦用)であった。



しかし、この海域には、米独両軍の資料を突きあわせても該当する戦闘記録が一切存在しない。では事故で沈んだのか? 否。このUボートには、外部から爆雷か魚雷の直撃を受けてその場で即座に撃沈した形跡があり、事故による沈没や、損傷後の漂流による移動とは考えられない。

また、艦内からはさまざまな遺物が発見されたが、そのいずれにも艦名を特定する書き込みは無かった…ただひとつ、持ち主の名前を柄に彫りこんだナイフを除いて。だが、その兵士 (ドイツ海軍にひとりしか居ない苗字だった) は、記録によると大西洋のまさに反対側、ジブラルタル近海で戦死しているのだ!!



このUボートの正体はいったい何なのか? 何故まったく記録が無いのか? 何故ここに沈んでいるのか?



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…本書は、この海底のUボートに縁をもったアメリカン冒険野郎的な沈船ダイバーたちが、生命の危険を厭わず、それこそ全知全能をかけて謎に挑んだ記録物語です。



そしてこの「謎のUボート」を取り巻く状況は、実はミステリの基本三大要素、フーダニット(誰が?)、ハウダニット (どのように?) 、ホワイダニット (なぜ?) をすべて網羅しているのです。実話でこういう構図がきれいに成立しているのは珍しい。というか素晴らしい。そして当然本稿でネタバレは行いませんが、まさに事実は小説より奇なり。最終的に展開される謎解きは、ミステリ文脈的に見ても見事なものだと思います。



ちなみに、この手の書物にありがちなパターンとして、肝心なキモの部分を出し惜しみしながら、そこに至るまで前座的なエピソードで引っ張りまくるというのがありますね。本書でもUボートの謎の解明に取り掛かる前に、「そもそも沈船ダイビングとは」という説明や、主要登場人物の人間的背景が語られるのですが…これがまた圧倒的に面白く、深い。別にUボートの話が出てこなくてもいいよというぐらいに…と言ってしまうと本末転倒ですが、実際そんな感じです。まったく水増しとか時間稼ぎではない凄さです。



また、遺族や旧ドイツ軍関係者への取材をベースに、最終的に解明される「謎のUボート」の出撃にまつわる過去ドキュメンタリーにまるごと1章が割かれています。冒険ドラマを主軸とした物語の場合、この戦史パートの描写が貧弱なものになりがちですけど、本書の場合、全然そういうことはない。念のため歴史・戦史に詳しい知人に読んでもらったところ、「これは、『専門外の人が頑張って書きました』という感じではない。ホンモノの戦史の一節だし、その上で人間描写が素晴らしい」とのことでした。



このように優れた特徴をもつ本書を語る切り口はいろいろあると思います。が、私にとって印象深かったのは、全篇、あらゆるエピソードが、



① 「想像力」をもった「探究心」は、人をどのように変えてゆくか?

② 「人間」を「人間らしく」している要素はいったい何なのか?




という観点でつらぬかれ、吟味されながら描かれている点です。

おそらくこれが本書の最大の特質だろうと思います。

それゆえ、「前座」となるはずのエピソードも退屈と程遠いものになるし、冒険野郎ドキュメンタリーと硬派戦史の共存も成立するのでしょう。結果的に、本書は当初期待される「知的宝探し冒険の顛末」をはるかに超えた感銘を読者にもたらします。この物語の強力な磁力は、次第に、謎解きがどうのこうのというレベルを超えて広がってゆくのです。



真面目さや性格の差はあれど、基本的にスタート地点で「名誉欲と物欲と度胸」のカタマリだったニュージャージーの冒険ダイバーたちは、海底のUボートと接するうち、次第に別種の存在に変貌してゆきます。歴史の実在性と重みを実感し、活動の動機も変わってゆきます。

心の奥底に真の探究心と想像力がある限り、即物的な欲求は、「執念」を経て、純度の高い「使命感」に至るのです。個々のダイバーではなく、彼らが共有する「探究心」自体が主人公だ、という解釈も可能かもしれません。



そう、本書はミステリ的な冒険ドキュメンタリーの形式をとり、その要件を120%満たした上で展開される意識変容の物語なのです。かといって宗教じみたりニューサイエンスじみたりしない点がとてもよい。ある意味、これぞ本当のホンモノの哲学ドラマと申せましょう。そのように読んでいる人はひょっとして少数派かもしれないけど、私は確信します。



ここに至るに、「Uボートの正体」は…決して重要度が低くなったわけではないけど、最終目的そのものではなく、そこに至る触媒のようなものであることが実感されるのです。

とはいえ、語り口が妙にクソマジメなものに変化してゆくわけではなく、雰囲気や空気感はビジュアル的にたとえると全篇こんな感じで、ドイツ海軍再現パートを除いて最後までそれが貫徹されるのが、また魅力的なところです。



結局、謎のUボートの正体は各種状況証拠からの推理で特定されるのですが、それが「史実」と認定されるためには、やはり何らかの物証が必要となります。

その探索の末、ダイバーの眼前に、最大でおそらく唯一の決定的チャンスと、絶体絶命の大ピンチが一体となって立ちはだかるのです。そして海底で究極の選択を強いられたダイバーは、ある超アメリカンな決断を下します。この期に及んでまさかの元祖アメリカンパワー発動です。ああ、ここではネタバレ寸止めの表現しか出来ないのがもどかしい!!



…こういったアメリカンぶりというのは、通常、ヨーロッパ的には非難や揶揄の対象の最たるものなんですけど、この場面、私は時空を超えてダイバーに対し、おもわず「がんばれ!!」とパワーを送りました。人類ならそうすべき瞬間です。まさにドラゴンボールの元気玉状態です。なぜなら彼の決断は、自分の生命のリスクを背負ってまで事実追究の覚悟を決めた結果だからです。



ダイバーたちがあの状況を何とかできたのは、ひょっとして、本書を通じてたくさんの読者たちが過去の世界に元気玉を送り込んだからじゃないか、などとついつい逆転的発想をしてしまいます。事実は99.9%異なるでしょうけど、考え方は絶対に間違っていないと私は言いたい。真の良書とはそういうものです。



そして、ダイバーたちは長い長い探究の果て、お宝とも現金とも名誉とも違う「何か」を手にいれる…というか、「自身がすでに別の領域に入っていた」ことに気づくのです。本書のエピローグはおまけではありません。まさにエピローグの最後の一文で、本書は完結し、達成に至るのです。
ジェフリー・ディーヴァーの『獣たちの庭園』のときと同様、なんという脳内スタンディングオベーション状態の結末!! 皆様、やはりこれは必読ですよ。







ちなみにこの物語はドイツでも大反響を呼びました。なんと、かのSPIEGEL TVで特集が組まれたほどです。(左記リンク参照)
ただし、このSPIEGEL TVでの番組タイトルもそうですが、『シャドウ・ダイバー』ドイツ語版 (新装版) は、サブタイトルがおもいっきりネタバレになっているのがちょっといただけません。これはドイツではしばしばありがちな現象で、たとえばアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』の訳題が『最後の世代』 (Die letzte Generation) になっていたりします。興醒めだからやめてほしいんですが…ドイツ人はこういうのを全く気にしていないようです。オチがどうのこうのというより、ストーリーラインを楽しむことが大事だからなのか、それとも鈍感パワーで無視しているのか、ドイツ人の私もわかりません。



ということで、『シャドウ・ダイバー』でした!!



本書の真意は、沈船ダイビングの具体的な物語をベースとしながら人間性の奥底にディープ・ダイビングを行うことです。Uボートにまつわる謎の探究の成果が、そのままみごとに人間性探究の成果にシンクロするあたり、既存の読書カテゴリの評価基準だけでは微妙に捉えきれないっぽい本書の魅力の真骨頂といえるでしょう。



アメリカはUボートに関して『U-571』のような超駄作を生む一方、こういったご近所配り必須な大傑作を送り出す底力を持つ点があなどれません。本当に。



P.S.

本書にて、ニュージャージーのダイバーたちの最初のドイツ訪問時、「Uボート史の権威」のドイツ人と面会する場面があるのだけど、この「自分は親切にしているつもり」で自信満々なドイツ人の「イケてなさ」描写が見事です。ああ、実際にこういう人いるよね…とドイツ人的にかなり身につまされると同時に、直接非難するでもなく端的にここまで描ける著者の表現力とダイバーの観察力に脱帽ですね~^^



それではまた、Tschüss!




YG_JA_1937[1]マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン