輝ける「バカミス・ドイツ零年!!」の巻
激動のワイマール時代!
政治文化的な魑魅魍魎うごめく、「魔都」ベルリン!!
その重厚で妖しい魅力を存分に描き出す、フォルカー・クッチャーの『ゲレオン・ラート警部』シリーズ第2巻、『死者の声なき声』 が訳出されました。
本書の基本アウトラインは上記amazonページをご参照。ドイツ映画黄金時代の横顔に触れながらディープな精神領域に沈降してゆくストーリーテリングが見事です。そして翻訳はおなじみ酒寄進一さん。今回も原著世界にどっぷり漬かった、濃厚かつ的確、それでいて読みやすい酒寄マジックな文章で読者に迫ります。原書訳書ともにオススメです!
ときにゲレオン・ラート警部シリーズといえば、ハードボイルド&ノワールな味わいが、特に男性読者の心を鷲掴みにしていると聞きます。そう、それが基本。しかしおそらく、それだけでこの味わいぶかさは得られない気がします。
『死者の声なき声』は、ところどころにユーモラスな情景を交えながらも基本的にシリアスな物語です。が、その魅力の核心を探ると、最終的に「バカミス」というキーワードに行き着くかもしれません。これが本稿のテーマです。
「バカミス」とは何か??
「おバカミステリー」を意味することはWikipediaの記述どおりです。しかし「おバカ」の定義やニュアンスも人それぞれで、ここに知的諧謔の自由度というか遊びの余地が発生します。私がイメージしているバカミスの核心要素というのは、
「ええっ? そんな目的のためにここまでやるの!?」という真剣かつ大真面目な本末転倒っぷり
であり、『死者の声なき声』は、その意味でまぎれもない傑作であると断言できます。
過去、旧世代のドイツミステリにも「そんな目的のためにここまでやる??」系の作品はあるにはありましたが、それはそもそも的にコメディミステリか、あるいは、本格を書こうとしたんだけど、欲張って無理が生じた挙句こうなっちゃいましたというイタい結果だったりするわけです。(ついでにいえば、読者がまだ成熟しきっていないドイツ本国のミステリ市場では、いまだにそういう不自然な作品が新刊で登場し、しかもなぜか好評だったりします。悲しいよ!)
さて。
知的に成熟した大人の鑑賞に堪えるバカ話といえば、(異論反論を承知ながら)たとえばあの007シリーズが挙げられましょう。あれを陰で支えていたのは絶妙のユーモア・ウィット感覚、そして、枯れた視線で人生を俯瞰できる英国的含蓄でした。
それをドイツ人作家に求めてもしようがない。不器用に真似しても決して真髄には至らない。ドイツは独自の道を構築しなければならない…そこで一発ブレイクスルーを決めてくれたのが、今回のクッチャー先生です。
『死者の声なき声』の大きなポイントは、犯行動機の背後に存在する、自分の主観世界は、やがて客観世界の価値観を突き崩し、飲み込むに違いない。ていうかそれが自然でしょ? という犯人のナチュラル狂気な価値観を、緻密かつ流麗に描ききっているところです。それが時代背景や舞台設定とほどよく化学反応し、絶妙で強力な「もっともらしさ」を醸し出しているのです。
ちょっと踏み込んだ言い方をすると、ドイツ社会というのは伝統的に現実を強引に理念に従わせる傾向があるため、主客転倒の設定や仕掛けが、思いのほかリアリティを持ちやすいのです。ゆえに潜在的に、良質なバカミスの出現が期待できる文化土壌と言えるでしょう。
これこそドイツ精神のひそかなツボ。
ドイツならではの「理念マジック」の重心がここにある!
…とはいえ、その描き方がドイツ人にしか、ドイツ内輪にしか理解しにくいようではいけません。意味がない。まさに宝の持ち腐れです。そしてクッチャーは今回、第三者的にも自然に読める形でその構図を描いてみせました。ここが非常に重要です。
このような自己客観視を踏まえた描写力は、地味ながら自文化の対外的表現の可能性を大きく広げる端緒となるに違いない。これは、特に今後の知的エンタメ領域の作品にとって見のがせない要素だと思うのです。
そういえば。
そもそも「現実を強引に理念に従わせた」実例といえば、ナチスの勃興なんかがその最たるものですね。
ということで、今回のゲレオン・ラート警部の捜査は、来るべき時代、彼が直面する本当の戦いと葛藤に向けての、「最初の絶対的な予兆」なのかもしれません。
機会があったら、そういう仕掛けを意図しているのかどうかクッチャーさんに聞いてみたいです。「ええ? そこまで考えてなかったよ!」と言われたら、「じゃあ、そういうことにしといたほうがカッコいいですよ!」と返してみたり(笑)
以上、今回は、深い意味で「バカミス・ドイツ零年」を宣言してみたくなる逸品のご紹介でした。バカミスといってもバカではない。むしろ正反対。粋に知的にドイツ近代史を楽しもうと欲する方には必読です!!
【追記】
ゲーテ・インスティトゥートでは、好評だった6月のネレ・ノイハウス特集に続き、『ドイツ・エンターテイメントの夕べ』第2回、「フォルカー・クッチャーを読む」を9月28日(土曜)に開催致します。
酒寄先生の萌える電撃的トークと、それを受け止めて何とかする、私マライ・メントラインのコンビでお届け致します。なんと素敵なことに入場無料!! なので、ぜひぜひ皆様、お誘いあわせの上でお越しくださいませ!^^
それではまた、Tschüss!
(2013.09.12)
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。