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君はジャンルを取るか知的好奇心の拡散を取るか?

君はジャンルを取るか知的好奇心の拡散を取るか?

君はジャンルを取るか知的好奇心の拡散を取るか?

ミステリをいくつも読み進めると、いつしか、ミステリの方法論だけでは飽き足らなくなる瞬間が訪れます。



たとえば、「ディープな心理描写」といえば傑作ミステリへの賛辞で取り上げられがちな要素ですけど、本当にホンモノのディープな心理の核心は、犯行動機の解析などとは別の目的で、別の本の別のページの中ですんごい素晴らしい表現がなされているのではないか?



そんなことを考えているとき、杉江松恋の「君にも見えるガイブンの☆」という読書イベントに誘われました。なぜ私が? といえば、昨年ドイツで大反響を呼んだ『帰ってきたヒトラー』をこの場で紹介するので、ドイツ人観点からの意見を聞きたいという話なのです。あの本については日本版の出版前にミステリマガジン誌の「洋書案内」コーナーにインプレを書いたこともあって、語ろうと思えばいろいろ語れます。そこで、お邪魔して参りました^^
…しかし、本稿で主張したいのはヒトラー話ではありません。

上記「ガイブンの☆」リンクページをご覧ください。ここに記されている趣旨。これが素晴らしい。私の内面にあった本稿冒頭の問題意識が思わず化学反応を起こしてしまいます。



日本の報道では「春樹が受賞するかどうか」だけが関心の対象となるノーベル文学賞、春樹が受賞を逃すと見向きもしなくなります。(選ばれなかったことは残念ですが、)それはいけません。実際に受賞した作家が何者で、いったいどのくらい凄い存在なのか? そこに着眼してアリス・マンローを特集したのがナイスです。

しかもですね、じっさいに面白かったんですよ、翻訳者の小竹由美子さんも参加した現場の対談が。小竹さんは遥か以前からマンローに注目していて、というか惚れこんでいて訳出を続けていたらノーベル賞! こんな嬉しいことは他に無いでしょう。

そして小竹さんは、やはり翻訳を通じての人間本質の表現に強いこだわりがあるんですね。魂がパワフルで面白かったです。酒寄進一さんの訳書と同様、こういう訳者によって翻訳された書物は本当に幸福だと思います。



マンローの小説を実際に読んでみると、たとえば女性ならではの悩みや切なさ、やりきれなさというものが鮮明に描かれます。極端な描き方ではないのに、大きな説得力が自然に発揮されています。そう、これだ。私が期待していたもの(のひとつ)は!!

たとえば先鋭化しすぎたミステリ作品の心理面に、いかに必要以上に極めた演出と人工的な味付けがなされているのかを改めて思い知らされる気がしますねー。そういう読者としての内面の羅針盤をチューニングする意味でも、やはりこういう純文学の嗜みは欠かせません。



それにしても、イベントでの司会の杉江松恋さんと倉本さおりさんのコンビネーションは、書物に対する男性的視点と女性的視点の掛け合いのバランスが絶妙で、参考になりました!



そしてその1ヵ月後。



私は、最速!海外ミステリ先読みスニークプレビューのレビュアーとして、レギュラー司会の若林踏さん、酒井貞道さんと共にふたたびミステリ酒場に居りました。前回記事で取り上げたヴォルフガング・ヘルンドルフの『14歳、ぼくらの疾走』の紹介を行うためですが、その趣旨というか根本動機は上記「ガイブンの☆」と同様、「ジャンルを超えて面白いものを紹介したい!」という考えです。



今回、なんと素晴らしいことに、翻訳者である木本栄さん(ベルリン在住)と会場をスカイプ接続してダイレクトに作品を語っていただくという試みを行いました。通信が上手くできたこともあって、これが大成功。翻訳者としてベルリンに住むことのメリット(コトバの新鮮さや相手文化と全身で触れ合う)はもちろんのこと、日本語版のために本書の表紙を描いてくれた巨匠・ミヒャエル・ゾーヴァと木本さんの交友エピソードなど、大変面白く興味深いお話をうかがうことができました。

特に、表紙を描くにあたってゾーヴァ自身が、イラストレーターとしての「同僚」でもあったヘルンドルフに許可を求めようと電話したときの裏話は、本当に心に沁みました。ゾーヴァはまさに彼の絵の絵柄どおりの、「のどかで鋭く天然」な世界に生きているのだな、と実感させられます。こういうのはまさにライブトークイベントの醍醐味ですね。

木本さん、本当にありがとうございました!!



また、Biri-Biri酒場ご主人の井田さんが、『14歳、ぼくらの疾走』について、

「臨終文学」という観点で捉えると興味深い

とおっしゃっていたのが個人的には大納得です。いろいろな意味で思い当たる点があります。また、脳腫瘍で死期を悟ったゆえにヘルンドルフは初めて100%の才能を発動させて本作と『砂』を完成させることができた(それまでいろんな理由をつけて本腰を入れず先延ばしにしていた)、という人間的、運命的な皮肉。これについて議論できたことも意義深かったです。



ときに今回、『砂』ってフィリップ・K・ディックへのオマージュとして書かれたんですよ、と私が述べたところで会場が「うぉおおっ」とどよめいたのが印象的でした。

そういえば、ヘルンドルフがその死に至るまで書き連ねていたブログって、自己崩壊の高度な観察記録でもあり、実は、恐るべきリアル版『スキャナー・ダークリー』なのだという見方も出来ます。

そう、この記録には謎のドラッグも国家的陰謀も出てこないけど、もっと根源的レベルでディック的な問題意識と合致する、強烈な認識論的な叫びがあります。



この意味を汲み取らないで済ますわけにはいかない。



ドイツでは、このヘルンドルフのブログは書籍化されています。

日本でも翻訳出版可能だろうか?

可能かもしれないが、とにかく、闘病記にふつう期待される内容とはけっこう別物なので、そこに変な誤解がないようにしたいです。だから、どのように「届けるべき人に届く」ようにするか、かなりの熟考が必要でしょう。



でも考えたい。いろいろ考えてみたい。



(2014.3.09)




© マライ・メントライン

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マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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