並び立つ2つの読書イベント
ドイツが誇る文化教育・研究機関であるゲーテ・インスティトゥート。
あのゲーテが、世界のゲーテが、昨今の翻訳ドイツミステリの盛り上がりに呼応して、ついに動いた!!
じゃじゃ~ん!!!
というわけで2013年6月13日、ゲーテ・インスティトゥート東京にて『ドイツ・エンターテイメントの夕べ』なるイベントが開催されました。リンクをご覧になれば一目瞭然のとおり、初心者歓迎でありながら果てしなく濃厚な内容です。乞うご期待120%^^
だがしかし、今回の舞台は「ドイツ文化権威機関」ゲーテ・インスティトゥートです。これまで培ってきたノウハウの延長で上手くいくのかどうか、関係者の間に期待とともに微妙な緊張感が走ります!
…そこで迎えた当日、おもいっきり雨じゃんか!!これは客足も伸び悩むか…と思いきや、50席ほど用意した客席は完全に埋まりました。あふれたために実際スタッフの椅子が無くなったほどです。おおお、心配は杞憂だった。まさに感謝の大盛況!!
という展開で、ドイツ文学者で翻訳家の酒寄進一さんのトークも絶好調。ネレ・ノイハウスの『白雪姫には死んでもらう』をベースに、成熟しつつある現在のドイツミステリの文化的な美味しさ、つまりドイツ人の生活実感や歴史的因習、地域性といった要素がいかに練り上げられながら文中に溶け込んでいるか、という話が快調に進みました。そして途中、「これぞ!!」というべきビジュアル的資料もたっぷり用意されているあたりはさすが酒寄先生。予備知識があっても無くても圧倒的に面白く、予定(というか会場使用期限)までの2時間があっという間に過ぎ去りました。
ちなみに当日、東京創元社さんが会場でドイツミステリ本の販売を行っていたのですが、なんと、『白雪姫には死んでもらう』がその場で完売! 他の本もけっこうな売れ行きを示しておりました。よかった!!
以上、今回は、ミステリ酒場での内容をさらにチューンナップして、相手がゲーテだからといってまったく遠慮したり薄味にならない、「ありのまま」の路線が功を奏したと思います。もちろんゲーテ部内でも好評で、単発イベントではなくシリーズ企画として今後の展開が予定されています。
次回は9月28日(18時半)、お題はフォルカー・クッチャーです。乞うご期待!!
…で、普通ならば記事が終わるところですけど、今回はまだ続くのです。
実は『ドイツ・エンターテイメントの夕べ』の翌日、6月14日、シーラッハの傑作『犯罪』の年末ランキング天下獲りを見事に阻止しきった、あの『二流小説家』の作者、デイヴィッド・ゴードン氏の来日トークイベントが開催されたのです。2日連続出動は厳しいけれど、行かないと後悔することが目に見えている。そこでミステリ酒場に行ってきたのですよ~^^
今般なぜ彼が来日したのかといえば、日本での『二流小説家』映画化のプロモーションの一環です。が、「以前、プライベートで日本に来たときは忙しくて何も出来なかったから、今回は数週間滞在して温泉めぐりとか色々やりたいんだ~!」と熱く語っていたのが印象的です。たとえば通訳業でも、こういう人物と帯同するといろいろと面白い、価値ある出来事にぶつかるものです。
さて、私がゴードン氏の「肉声」を聞きに行ったのは、以前書いた『二流小説家』の、というかゴードン氏についての批評がどの程度当たっているのかを確認してみたかったからです。
結果: やはり彼は二流ではなく、ウィットのあるとても知的な作家、というか表現者です。以下に、彼が現場で直接語った言葉を挙げてみます。
・カフカやドストエフスキーの作品は、エンタメという観点から「も」評価されるのが自然だと思う。なので、そうなっていない現実に納得できない。何故? あんなに面白くてエキサイティングな内容なのに!
・今は「ミステリ」も含め、いわゆるジャンル文芸というもの全体が、それぞれの内部で行き詰まりをみせている。だったら、その状況そのものを小説にしてみよう、と思い立って書いたのが『二流小説家』なんだ。
・(日本のヤクザ映画が大好き、という自分の嗜好について)確かにヤクザ映画やカンフー映画は、ときに呆れるほどストーリーが単純で、幼稚だったりもする。しかし何故か、ある瞬間、おどろくほど複雑で奥の深い「表情」がスクリーン上に出現することがあるんだ。そしてその「瞬間」は、10年後や20年後、突如脳裏に鮮やかによみがえってくる。これは絶対に意味深いことだ。表立っては誰も指摘したり議論したことの無いテーマで、たぶん定式化も出来ない話だろうけど、これこそ映画の醍醐味の一つじゃないか。
…以上、いかがでしょうか。
私見ですが、やはり『二流小説家』は根本的にミステリでもエンタメでもないと思うんです。以前書いたように、そもそもアンチミステリ的な「含み」こそ本題だからです。そう言うと早川書房さんに失礼じゃないか言われるかもしれないけど、たぶんそんなことはない。早川書房さんはそのあたりをしっかりと認識した上であの作品を出版していると思います。
ゴードン作品というのは、どちらかというとジャンル不定な「文学の挑戦」のような存在です。ミステリという看板のもとで彼の作品が世に出るのは、集客効果という意味でプラスなのだろうけど、逆に、狭義の「ミステリ的セオリー」観点から作品の価値を断じられるリスクを背負ってしまう。実際そういう意見を目にすることもありますし。で、そういうのは、「間違い」じゃないにしても「もったいない」。食材のもっとも栄養豊かな部分を捨てながら「食」を語っているのと似ている気がするのです。
しかし、ではどうすればよいのかというと…ううむ、難しい。
狭義のジャンルに従属する価値基準からのツッコミというのは、今後のドイツミステリ(またはドイツ文芸全般)にもまとわりつくテーマに違いない。何を隠そう、かのシーラッハ氏も、実はドイツ本国でそういう動きに悩まされていたし…ということで、またもゴードン先生を通じてドイツミステリの意味と意義を考えさせられる、そんな6月でありました。
*******************************
最後になりますが、今回のイベントでお世話になったゲーテ・インスティトゥート、ビリビリ酒場をはじめとする関係者の皆様、どうもありがとうございました!! 両イベントには「真面目に文化を前進させたい」という真剣なおかつ温かい志が満ちていて、とても良かったです。
それではまた、Tschüss!
(2013.07.02)
マライ・メントライン
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。