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ドイツミステリ酒場・怒涛の第2回がやってきた!

ドイツミステリ酒場・怒涛の第2回がやってきた!

ドイツミステリ酒場・怒涛の第2回がやってきた!

昨年、翻訳ミステリ業界を微妙に震撼させた素敵イベント「ドイツミステリ酒場」ですが、予告と予想どおり第2回が行われました。

今回は、「東西南北」ドイツ人それぞれの葛藤と欲求、そして周辺諸国へのまなざしといった、ドイツ文芸に表れる地域的な心理をベースに考察トークが展開しました。いつもながらオーラ満点の酒寄進一さんの語りが萌えて燃える!



ということで、神の領域に近いエリアを突き進む酒寄さんを、杉江松恋さんと私が左右から、そして客席からは東京創元社編集部の皆様が、ツッコミを入れたりサイドブレーキをかけたりしながら進行させる! という、ある意味、前回の教訓を活かしたやり方で…えー、何とかなった次第です(笑)

シリア出身ドイツ語作家の巨大な連作短編集(いま翻訳中!)の中から一篇を朗読するといった、ドイツの読書サロンの空気を伝えるサービス満点の試みがあったのも素敵です。あらためて酒寄さんの「威力」と「魅力」を体感したひと時といえるでしょう。知的満腹とはまさにこのことですね~^^



さて今回の酒寄さんトークの中で、私がもっとも興味深く感じたのは、「期待の地平 (Erwartungshorizont) 」という概念を用いたノイハウスとシーラッハの文章構造の解説です。



「期待の地平」とは…

読者の認識力の境界線の、「大きく手前」にネタを置いてしまうと平凡度が増して好奇心を呼ばず、逆に「大きく彼方」にネタを置いてしまうと高踏すぎて誰もついていけない。時代と状況によって変化するその境界線(=地平)とどのような位置関係にあるか、によってテクストの相対的評価が決定するのだ…という、ドイツの文学者ハンス・ロベルト・ヤウスが提唱した観念です。



酒寄さんはこれをもとに、『深い疵』のプロローグを使用して、ネレ・ノイハウスという作家がいかにドイツ読者の知的好奇心を刺激し、関心をおびき出すか、そして同時に根本的なミスリードの罠に読者を誘ってゆくかを、「ユダヤ人名」「戦争体験」といった単語の象徴性をベースにしながら実に的確に解説しました。

作家としてのノイハウスの能力の高さがこのように論理的に証明できてしまうとは、驚きでありさすがです。

そして、その構造的説明の延長として、酒寄さんはシーラッハの文章について、



「シーラッハの文章には、日常的な語彙と非日常的な語彙を、常識的でないやりかたで並置・混在させる特徴がある。ここに、彼がどのように世界を見ているかをうかがうカギがある」



という、きわめて重要な指摘を行いました。

敢えて遠慮なく言ってしまうけど、これぞ読書人としてのスーパープレイです。なぜならこの見解は、もともとベースとした「期待の地平」の思考フレームそのものを上回る絶妙な着眼だからです。

この夜このときこの瞬間、この雰囲気の中でこの「智」に浸ることができた参加者はラッキーです。やはり、試合はナマで観るに限るのですよ~^^



それにしても「シーラッハの内面における日常性と非日常性の混淆」というのは、かなりポテンシャルの大きい思考テーマですね。自分的にも元々気になっていた領域ですし。

「日常化」した非日常的な(つまり観念的に巨大な)視点による世界の再構築というのは…などとつい書き始めそうになったのですが、そういう話を一旦マジで起動してしまうと前回のように前後編の巨大記事になってしまいかねないので、今日はここまでと致します。



…と、そんなこんなで盛り上がりながら、ドイツミステリ業界は、初めて迎える大規模イベント『アンドレアス・グルーバー来日講演会』(2013.3.28)に向かって加速するのであります。また、よりカジュアルに本質に迫る機会として、ミステリ酒場の必殺企画『アンドレアス・グルーバー来日記念トーク&ディナーセッション』(2013.3.26)もございます。皆様、どうぞよろしくお願い致します。ああ、今月は眠れない!(泣)



それではまた、Tschüss!



(2013.03.11)




YG_JA_1937[1]マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン