ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

グルーバーがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!

グルーバーがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!

グルーバーがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!

オーストリアは誇り高い「世界の中心」ハプスブルク帝国の後裔だ。にもかかわらず、最近はドイツの周辺国家みたいな扱いを受けてしまいがちで残念すぎる。モーツァルトチョコレートサウンドオブミュージックもいいけれど、何か「いま」のオーストリアの存在感をアピールするよい手は、よいネタはないものか?



…という文化業界的要請を背景に、現在ドイツ語圏で人気急上昇中、オーストリアが誇るミステリ(というかオールラウンド)作家、アンドレアス・グルーバーさんが2013年3月後半に来日しました。彼の日本初訳作品『夏を殺す少女』の出版タイミングに合わせたものです。来日中、なぜか東京メトロのあちこちの駅でオーストリア航空の広告ポスターが目立っていたのだけど、たぶんこれは偶然の一致というものでしょうね(笑)



今回のグルーバーさん来日イベントの中では、特に、LiveWireミステリ酒場スペシャルと、日独協会主催の講演会がいろいろな意味で対照的で、非常に興味深かったです。(そして、オーストリア大使館イベントでいただいたシュニッツェルも捨てがたい…あ〜、食べ物に弱いのです^^)

上記2つのイベント、多少味つけの違いがあるとはいえ基本的に持ちネタは同じ(オーストリアにミステリ作家は2~300人いるけど、作家専業で食べていける人は2~3人、といった衝撃の情報もあり)だけど、一方はミステリ趣味人が集まる場で、もう一方はドイツ趣味人が集まる場。それだけでこうも雰囲気が違うのか。

ミステリ酒場のほうは(潜在的に英米との比較を軸とした)積極的な様式議論に突入したい雰囲気が強く、かたや日独協会講演会のほうは、(潜在的にドイツとの比較を軸とした)オーストリア文化の現状や、文壇カフェ文化など、伝統的なイメージの実在性を確認して嗜む雰囲気が強かったです。

ちなみに両イベントとも、当初の期待を超える大盛況でした。実際、熱気が凄かった~!!



さて、このように毛色の違う2つの「文化母集団」双方にまたがる作家イベントというのは、一見他にもあるようで実は少ないんじゃないかという気がします。でもたぶん本当は大切なアクションです。

この路線を今後も工夫して展開することで、将来的にミステリ趣味人の皆様の興味がドイツ文化一般へ広がると嬉しいし、逆にドイツ趣味人の皆様の興味がミステリ一般へ広がると嬉しいなー、と思うのです。(たとえば、私が以前書いた『二流小説家』や、『獣たちの庭園』の記事には、そういう含みがあったりします。ドイツを踏まえてその外に関心を広げたいんです、という…)

行き着くところまで細分化・専門化が進んでしまった今の文化状況を踏まえ、これから知的文化生物としてどう生きていくかを考えた場合、主催者としても参加者としても、「業界クロスオーバー」や「再構築」の意識は今後さらに重要性を持つはずです。それは、文化的にも商業的にも「市場拡大」に結びつくでしょう。そのひとつの先鞭をつけた点でも、今回のイベントの実施とその成功は、あなどれない意味を持つと思います。



そして、忘れてはならない重要ポイントが。



来日アーティストに和食接待は欠かせませんけど、今回はひと味違う。というか違いすぎる。

というのも、あの酒寄進一さんが、「鶏の全身パーツを焼き鳥にしてしまうスペシャルなお店」にグルーバーさんを招待したのです。そして現場でグルーバーさんは大喜びでノリノリになって(たぶんホラー作家としての)インスピレーションが刺激され、「焼き鳥で着想した!! こんど日本を舞台にした作品を書くよ。タイトルは『Amazon.jp』に決めたからよろしく!!」と宣言していました。本当に書くかどうかはわからないけど、単なるリップサービスではないことは明白です。それはグルーバーさんの、本当に嬉しそうな表情を見ればよくわかります。



来日アーティストに対して招待側は、「できれば日本を題材に作品をつくってほしいなぁ」と内心ひそかに願うのが常でしょう。しかし、それをここまで大胆に、しかも相手の資質のツボにハマった形で仕掛けた酒寄さんの積極的な心意気。これが素晴らしいです。

考え抜いた末に仕掛けて楽しい、仕掛けられて愉快!! まさにこれこそ「真・おもてなし主義」の発現といえるでしょう。もともと「おもてなし」の語は日本文化の美徳として認識されてきましたが、その本質は、贅を尽くした馬鹿丁寧なサービスを展開することにあらず!! ということが明確にわかる実例です。



この原理と道理は、アーティスト招待に限らず色々なところで応用できそうです。できるはずです。自分も取り入れたいです。日本が今まで以上に文化立国という概念を真面目に考えるならば、これはたぶん外せないポイントです。そして、その積み重ねの結果、来日大物アーティストが、



確かに、ジパングは黄金の国だったよ…



と帰国後に真顔で語る日が来たら、それこそ文化的な勝利です。

ソニーやトヨタやホンダといった、「製品の魅力」とはまったく別の圧倒的魅力を目指す日本の未来。そのヴィジョンの一片が、今回の「猟奇焼き鳥屋ご招待ミッション」の中に垣間見えたのです……まあ、あれに付き合わされたグルーバーさんの奥様にとっては微妙に迷惑だったかもしれないけど(笑)



そんなわけで、今の翻訳ドイツミステリは、作品周辺の状況も存分にスゴいのです。



今回、日独協会、オーストリア大使館、ミステリ酒場、教文館書店の関係者の皆様、あやしすぎる極彩服で「やはりキルビルの日本描写は正しいんだ!!」というイメージをグルーバーさんに与えかねなかった杉江松恋さん、そして何より、レフェリー4人体制で各イベントに出陣し、酒寄さんの「未出版書籍ネタバレ」を未然に防ぎきった東京創元社編集部の皆様、本当におつかれさまでした。皆様の熱意と努力は存分に報われたと思います……たぶん^^



それではまた、Tschüss!!



(2013.04.12)




YG_JA_1937[1]マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン