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ある程度ネタバレ御免:『コリーニ事件』の威力!

ある程度ネタバレ御免:『コリーニ事件』の威力!

ある程度ネタバレ御免:『コリーニ事件』の威力!

最近この連載はイベントリポートばかりだ!! とお嘆きの貴方に。

朗報です。今回はガチンコの小説レビューです。それも、『犯罪』『罪悪』に続きドイツ読書界にまたしても衝撃を与えたシーラッハの新作、彼の初の長編『コリーニ事件』なのですよ^^



…で、ネタバレ御免!! と言い切るからには、むしろその方が読書の食前酒として効果的だろうという読みと自信があるわけです。しかしもし、その当てが外れてあなたの感興を削ぐ結果になったとしたらゴメンナサイ。私にはひたすら謝ることしかできないから、それで許してください! (笑)



『コリーニ事件』は、ありていに言えば、



徹底的にナチを裁く良識とは何か!?



を深く深く深く描いた小説です。敢えてミステリの流儀で分類するならばホワイダニットものということになるのでしょうけど、読んでいるうちにそんなことはどうでもよくなります。

確かにドイツ人の脳味噌から生まれた文章ではあるけど、ドイツ人とは思えない、否、ドイツ人の意識フレームを内面から喰い破るような思考観点の自由さと遠慮の無さで、読者に衝撃を与える存在です。



これはもう、祖父がヒトラー・ユーゲント総裁だったから云々とかいう話ではなく、純粋にシーラッハ個人の、法律家としての、作家としての才能と人間力が、高度にバランスを取りながら相乗効果を発揮した結果でしょう。

それはたとえば、ぱっと見イヤなヤツっぽく登場する「ナチ側」の老練な弁護士が、実は味わい深く人間的にもあなどれない魅力的なキャラだったりする点にも表れています。全盛期のジャック・ニコルソンやロバート・デュヴァルがこの役を演じたら、さぞや見ごたえ満点だろうなあ、と思わせるのですよ。

本当は長編というには短い(その気になれば半日で軽く読破できる)作品ですけど、読後は、並みの秀作長編の 5倍くらいのインパクトが味わえます。内容は豊かすぎるが過密感も無い。まさに四次元ポケット構造的な不思議小説ではないでしょうか!



さて、本作の凄みの核心は何か?

本作で描かれるナチの戦争犯罪ドラマ、それはいわゆるホロコーストものによくみられる展開パターンのように見えて、実はユダヤ人が全然絡んでいない。よく見ると、あくまでドイツ人とイタリア人の話なのです。

そう、ここには実は、重要さの割にいまひとつ究明されきっていない、



もしユダヤ人差別を抜きにしたら、ナチの社会的罪状はどれくらい軽くなるのか?



という問題が真正面から捉えられていて、この点が実に見のがせません。



そして、シーラッハは遠慮なく描きました。

ナチ問題の見識にありがちな、「党」や「親衛隊」といった色分けによる責任転嫁を行わず、一般行政機構や国防軍を含むドイツ軍政システム自体の犯罪性と、戦後におけるその巧みな隠蔽ぶりを率直に描いたのです。



そこに生じるのは、ナチス…いや、「ナチス=ドイツ機構」は、ナチ党の人種差別というドグマ抜きだろうがなんだろうが絶対悪だった、という明快で徹底したビジョンです。これは凄い。そして最終的に暗示されるのは…立派な「内省と反省」をアピールする一方で、「本質の隠蔽」を巧みにやってのける、巨大なひとつの集合意識体として機能するドイツ社会の不気味さです。



戦後ドイツの「贖罪」は倫理的に評価されていますが、このシーラッハのビジョンをたどれば、たとえばアイヒマンのような「悪の華」は戦後ドイツ体制にとっても実に都合の良い贖罪の羊であり、またユダヤ人社会に対して徹底的に詫びる姿勢を示すことで、ナチが内包していた他の本質的な犯罪性のいくつかをドイツ社会が巧みに棚上げしてきたことに思い至ります。

シーラッハは、「知らなかったと一応言い張れるけど、みんなうすうす気づいていた」戦後ドイツ人の不都合な真実を、絶対的な筆力で白日のもとに晒したのです。

だからこそ、「いまさら」な話なのに大反響を呼んだのです。



これは、「道理を外れず、かつ、いかにステレオタイプを崩し、ものごとの本質を再構築するか」という精神的挑戦のみごとな成果と言えるでしょう。

もちろん、シーラッハが本作で第三帝国の悪の本質をすべて解体して表現しきったわけではありません。たとえばハンス・マイヤー氏の内面の「良識」はどのように機能していたのか? どのように人格のバランスを保ちながら戦後の市民生活を送っていたのか? …読後、こういう本質的な問いが、発掘されたエジプト王墓の「さらに奥の部屋に続くらしい扉」のように出現します。開けるべきか否か。既に開けられていても不思議はないのにまだということは、すなわち一種のパンドラの箱だということです。けれども、真の核心はおそらくこの先にあります。そのゴールにシュートを決めるのはシーラッハ自身か、それとも彼からのパスを受けた誰かなのか… 今後の状況展開が待たれます。ドイツ人自身がいつかはやらねばならないタスクなのです。



ときに、「ユダヤ人差別を抜きにしたナチの犯罪性」というテーマについて、これまでもロシアにおけるドイツ軍政の残酷さや、フランス・レジスタンスの弾圧といった切り口から語られることはありましたが、前者ではスターリニズムの非人間性との対比、そして後者ではいわゆる「レジスタンス伝説」の真偽を問う議論にシフトしながら泥沼化する傾向があり、また、悪役として登場するドイツ人個人の嗜虐的な異常性から先に話が進まずに終わってしまうことが多く、結果的に「第三帝国の悪の本質は何だったのか」という命題を突き詰める機会は少なかったように思います。しかし、今回のシーラッハの作品のおかげで、この辺りの知的アプローチの渋滞感がかなり軽減した気がします。ありがたい話です。



実は、『コリーニ事件』で提示される問題意識というのは、作中で暴露される法律スキャンダルの有無に関わらず、根本的には史書を丹念に読めば別件を通じていくらでも得られるものです。読者の中には、「そんなのシーラッハが書く前から知ってたよ」とか偉そうに歴史通ぶる人も居るでしょう。が、表に出ないまま長年くすぶっていた「歴史の核心」を一気にメジャー化させ、「今まで届かなかった宛先に届ける」ことを可能にしたことこそが、彼の「功績」です。



おそらくシーラッハは、ドイツの知的市場をとりまく各種状況、弁護士としての、そして作家としての自身の能力およびネームバリューなどいろいろな要素を総合的に踏まえた上で本書を世に放ったのだろうと思います。それは、一流のサッカー選手が、敵・味方イレブンの配置と状況を瞬時に踏まえながらプレイするのと非常によく似ています。

そして、彼の読みは実に的確でした。本書を通じてドイツ社会は大きくどよめき、ドイツ連邦司法省が「ナチス時代の過去再検討委員会(Kommission zur Aufarbeitung der NS-Vergangenheit)」を設置して内省に動かざるを得なくなったのですから。

この結果を見るに、シーラッハという人物については、本人の自意識はどうなのか知らないけれど、「作家」以上の、もっと社会事業家的な側面を持った恐るべき知的表現プレイヤーとして評価する必要が生じたように思います。



そういうわけで、たぶん当面専業作家になることはないのだろうけど、「だからこそ」天才シーラッハの今後の動向からは目が離せない…これはお世辞でもヨイショでもなんでもなく、ドイツ言論業界の本音です。

だから、このままある日突然消えてしまったりしたら許せませんよ、シーラッハさん!!^^



それではまた、Tschüss!




【補足】

ヨーロッパ社会で「ナチの影」が、今なおホットな問題であり話題だという件について。



ドイツZDFテレビ制作の、ミュンヘン警察を舞台とする『デリック』という超人気刑事ドラマシリーズ(1974-1998)がありました。

ドイツだけでなくヨーロッパ各国で放映され、今に至るまで繰り返し再放送されてきたのですが、なんと、正義感あふれる生真面目な警視を演じた主演のホルスト・タッペルト(1923-2008)が戦時中、ナチス武装親衛隊のSS第3装甲師団「トーテンコプフ」に所属していたことが2013年4月に判明。大スキャンダルになってその2~3日後にフランス、ベルギーで『デリック』の再放送を即座に中止する、という展開に至りました。ちょっとギュンター・グラス事件に似ていますね。



ここで興味深いのが、『デリック』の脚本家だったヘルベルト・ライネッカー(1914-2007)も実はナチス武装親衛隊のメンバー(「トーテンコプフ」師団および「ヒトラーユーゲント」師団所属)で、しかもそれをまったく隠さず回想録まで書いていたにもかかわらず、全然スキャンダル化しなかったという点です。

これは極めて興味深い現象です。要するに、ナチ関係者だった経歴を黙っていたり偽装したりすると非道判定されるわけですが、「人目につく人気者になってはいけない」的な自粛定義もありそうで、いろいろと考えさせられます。



(2013.05.05)




YG_JA_1937[1]マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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