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潜入!北欧ミステリーフェス2014!【天の巻】

ドイツ書店の北欧ミステリ棚! ⒸMarei Mentlein

潜入!北欧ミステリーフェス2014!【天の巻】

そういえばこの連載のスタートの頃、北欧ミステリがドイツミステリの師匠でありベンチマークであり、文学とエンタメの境界接近のきっかけであった、という話をしました。ドイツ国産ミステリの進境が著しい昨今ですが、おそらく今もなお、ドイツは北欧ミステリ最大の市場&お得意様の地位をキープしています。

ドイツの書店では、エンタメ棚でドイツ作品と英米作品の区別をしていない場合が多い(著者名順にスティーヴン・キングもネレ・ノイハウスも同列に並んでいたりする)のですが、北欧ミステリだけは「Skandinavische Krimis」などと表示してわざわざ別棚に並べてあるケースが目立ちます。別格扱いなのです。人気とリスペクトのほどが窺えます。
率直なところ、ミステリ系の話でドイツ人の関心をひきたい場合、ドイツ作品よりも北欧作品の話を振ったほうが効果的といえるかもしれません。いやこれは冗談ではなくリアルな話で(笑)

ということで、先日行われた北欧ミステリーフェス2014に参加して参りました。
これは北欧5カ国大使館代官山蔦屋書店が主催、東京創元社集英社が協力する超強力なイベントです。しかもご覧くださいこの代官山蔦屋書店の告知ページのカミラ・レックバリ写真! 一体なんでしょうかこの見事なキメっぷりは。さすが北欧としか言いようがありません。わがドイツではどう頑張ってもこうはいかない! (笑)

代官山蔦屋書店でのイベントの模様。レヘトライネン氏の快活さ、表情の豊かさも印象的だった。 ⒸMarei Mwntlein

代官山蔦屋書店でのイベントの模様。レックバリ氏(右から2番目)の気の利いた鋭さ、レヘトライネン氏(いちばん右)の表情の豊かさが印象的だった。それにしても、代官山蔦屋書店は「北欧」のイメージにぴったり過ぎるオシャレ感^^ ⒸMarei Mentlein



まず初日、代官山蔦屋書店のイベント(司会・三橋曉さん)は、
①北欧ミステリについて、概要紹介
②カミラ・レックバリ&レーナ・レヘトライネン インタビュー
③カミラ・レックバリ&レーナ・レヘトライネン 原語での作品朗読
④質疑応答
という内容でした。
レックバリ作品の主人公(エリカじゃなくパトリックのほう)のモデルが、実は…とか、レヘトライネンの初来日の動機がフィギュアスケート観戦だったとかいろいろ面白かったのですが、いちばん印象的だったのは上記③の朗読の短さです。ゲーテ東京のドイツミステリイベントだと何気に長いんですよね、というのも施設の性格上ドイツ語教育的な意味を兼ねているからで、それに対し今回のスウェーデン語・フィンランド語の朗読は、どちらかといえば「聴覚的なインプレッションを得よう」という趣旨だからこういう割り切りになるんだろうな、と感じました。

そして2日目本番、立教大学のイベント(司会・杉江松恋さん)は、
①北欧ミステリについて、概要紹介
②カミラ・レックバリ&レーナ・レヘトライネン スピーチ、インタビュー
③柳沢由実子さん、ヘレンハルメ美穂さん、古市真由美さん 翻訳者鼎談
④堂場瞬一さんの「北欧ミステリー聖地巡礼」現地現場写真紹介
⑤レックバリさん、レヘトライネンさん、堂場瞬一さん サスペンス作家鼎談
⑥質疑応答
という内容でした。

北欧ミステリ翻訳を代表する女性翻訳家揃い踏み! 左から古市真由美さん(フィンランド語:「マリア・カッリオ刑事」シリーズ等)、ヘレンハルメ美穂さん(スウェーデン語:「ミレニアム」シリーズ等)、柳沢由実子さん(スウェーデン語:「ヴァランダー警部」シリーズ等) なんと贅沢な光景! ⒸMarei Mwntlein

北欧ミステリ翻訳を代表する女性翻訳家揃い踏み! 左から古市真由美氏(フィンランド語:「マリア・カッリオ刑事」シリーズ等)、ヘレンハルメ美穂氏(スウェーデン語:「ミレニアム」シリーズ等)、柳沢由実子氏(スウェーデン語:「ヴァランダー警部」シリーズ等) なんと贅沢な光景! ⒸMarei Mentlein



レックバリ&レヘトライネン(ちなみにこの2人は今回初対面だったらしい)、いずれも「語り慣れている」な、という点が印象深かったです。どんな展開になっても適度なウィットと落ち着き、そして作家としてのポリシーの主張を忘れない。うん…「慣れている」という以上に、表現というアクションをいろいろな形で楽しんでいるのかもしれない。これは重要なことです。

また、上記③の翻訳者鼎談は、さすがトップ翻訳者どうしの対話だけあって非常に濃厚でした。つまり、単なる「訳語製作」の苦労話ではなく、日本と根本的に異なる北欧の文化的文脈にもとづく話を、どうやって自然な日本語表現に乗せるのか、という議論ですね。提示される喩え話の的確さに、三者三様の個性と深みが窺えました。

日本の警察小説の第一人者、堂場瞬一氏が、北欧作家に正面から認識を問う! という異文化クロスな極上場面。 ⒸMarei Mwntlein

日本の警察小説の第一人者、堂場瞬一氏が、北欧作家に正面から認識を問う! という異文化クロスな極上場面。 ⒸMarei Mentlein



しかしある意味もっとも興味深かったのは、⑤の作家鼎談です。
堂場瞬一さんが「ミステリ作品の社会的影響力についてどう認識しているか?」という話を振ったところ、二人の北欧作家は極めて否定的な反応を示しました。「私はエンタメ作品を書くのが本務であって、分をわきまえずに政治的な領域に口を挟むつもりはない!」という見解。

たぶん堂場さんの質問の主眼は、たとえば「社会状況を反映した犯罪の高度サイバー化やオタク化に対し、作家はどう対応すべきか」みたいな意味での「社会性」、言い換えれば、社会心理的なネタの処理のやり方について意見を聞きたかったのではないかなと思います。あくまで私見ですが。
しかし彼女たちはそうは受け取らず、「社会性」=「政治性」という解釈に直行しました。

スウェーデン警察小説の傑作『笑う警官』(ヴァールー&シューヴァル)の「リアル事件現場」を、作家的視点で解説する堂場瞬一氏。 ⒸMarei Mwntlein

「北欧ミステリー聖地巡礼」コーナーにて、スウェーデン警察小説の傑作「マルティン・ベック」シリーズの一篇、『笑う警官』(ヴァールー&シューヴァル)の「事件現場」を、作家的視点から解説する堂場瞬一氏。マルティン・ベックシリーズはスウェーデン国内でミステリの社会的地位を向上させた画期的存在。その後継者たるヘニング・マンケルの作品が、ドイツで同じ役割を果たしたことは以前述べた通り。 ⒸMarei Mentlein



この理由にはいろいろある(但し、たぶん通訳の不手際ではない)でしょうけど、北欧社会に思いのほか残っている保守的な社会通念の表れであるようにも感じられます。つまり、2人の作家が敵対しているはずの旧来的な男性社会がもつ階級的な「権威=権力」「社会=政治」という伝統的通念を、意外なほど(おそらく無自覚に)彼女たちも内面に保持している、その表れかもしれないということです。
だとすると、なまじ理性的な完成度が高いため、(必要があるかどうかは別として)それを軌道修正するのはおそらく困難だ…

この点、ドイツ人はどうなのだろう?
そう、確かに伝統的な石頭思考の問題は存在します。しかもドイツはその点でワールドワイドに有名で、英国コメディでさんざんネタに使われていることもあり、もしその「悪しき伝統」と戦おうとするならば、自分の立ち位置を検証しながらオープンに試合を進めることが出来ます。良くも悪くも外部からツッコミを入れやすいといえるでしょう。ひょっとして、これが北欧諸国とドイツの「知られざる」文化的相違のひとつかもしれません。
いやはや、いろいろと考えさせられました…

…と、私の意見はこんな感じです。
そして、こういうイベントでは、「終わったあとに思いつく」ことがいろいろ発生するものです。ということで、関係者の皆様のご意見をここで紹介させていただきたく思います。

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当然ドイツでも2人は超有名なベストセラー作家。彼女たちに挟まれると、緊張しないではいられない!^^ ⒸMarei Mentlein

当然ドイツでも2人は超有名なベストセラー作家。彼女たちに挟まれると、緊張しないではいられない!^^ ⒸMarei Mentlein



【堂場瞬一さん:作家】
私も自分はエンタテインメントの人間だと自負していますが、その中に社会的(時事的)な問題を入れこむように意識しています。むしろエンタテインメントこそ時代を映す鏡だと信じていますが、作家によってなのか国によってなのか、意識の違いが大きいことに驚きました。

【宮澤正之さん:東京創元社】
東京創元社編集部の宮澤です。
本来なら北欧ミステリーフェスの企画立案から関わっている者の誰かが書くべきなのでしょうが、あいにくと皆当日はさまざまな裏方仕事で忙しく、ビデオ記録係として参加していたためすべてを通しで聴いていた私が感想めいたことを述べさせていただきます。
作家・翻訳家の中には人前に出られるのが苦手なかたもいらっしゃいますが、今回登壇された皆さんは公開の場でしゃべることに慣れているなあ、という印象がまずありました。特にゲストの作家おふたりは、同時通訳を介してなお伝わるウィットをお持ちで、場慣れしている感がありありと。
各企画の内容も、登壇者の皆さんが感じている「北欧ミステリの特異性/独自性」を伝えようとしての、それぞれの立場からの示唆に富んだ発言が多く、興味深く拝聴しました。
レヘトライネン、レックバリの両氏が言っていたようにあくまでエンタテインメント小説ですから読んで楽しんでもらえればそれで充分なのですが、参加されたかたは、そこから一歩踏み出してあれこれ考えるためのヒントを多数もらえたのではないでしょうか。

会場となった立教大学にて。この雰囲気がイベントの趣旨に絶妙にマッチしていたことは言うまでも無い。 ⒸMarei Mentlein

会場となった立教大学にて。この雰囲気がイベントの趣旨に絶妙にマッチしていたことは言うまでも無い。 ⒸMarei Mentlein



【佐藤香さん:集英社】
ミステリの社会性について、確かにおふたりと堂場さんの間には解釈の違いがあるのかな?という気がしましたが、個人的には堂場さんは「社会的な時事を小説で取り扱う」、レックバリさん・レヘトライネンさんは「身近な出来事を書いたら、それが世相を反映している」というように、目的と結果の違いなのかと感じました。
「社会=政治」になってしまうのだとしたら、人口の差も関係しているように思います。

【柳沢由実子さん:翻訳家】
読者との接点の読書会とか、翻訳者の放談とか、小さな講演など、たまに(!)参加することがあります。今回もそうですが、いつも、ああ、こういう方が読んでくださっているんだ! と思い、うれしく、そしてなんとなく気恥ずかしくなります。
今日のような雨の日の夕方も、すてきに晴れ上がった日の午前中も、一心にパソコンに向かって翻訳している人間にとって、実際の読者に会うことは刺激になります。そして思うのです、ほんとうにいるんだ、読んでくれている人が! と。そして、この本、好き? どこがよかった? わからないところなかった? この主人公、変だと思わなかった? などとと訊きたくなります。
翻訳者がそんなことが訊ける読書会、だれか開いてくれたらいいな!

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皆様ありがとうございます!
立場によって視点によって問題意識によって、ひとつのイベントから様々な「価値」が生じることがわかります。そして柳沢由実子さんのおっしゃる「翻訳者がそんなことが訊ける読書会」、この観点は重要ですよ。ぜひやりたいです!

Henning Mankell: Der Chinese ⒸDeutscher Taschenbuch Verlag

Henning Mankell: Der Chinese ⒸDeutscher Taschenbuch Verlag



実は柳沢さんの最近のお仕事のひとつ、巨匠ヘニング・マンケルの『北京から来た男』、これがドイツで強烈な賛否両論を呼んで、その内容がなかなか興味深いのです。だから「読書会」とは違うけど、そういう観点でひとつ記事を書いてみるかな…。
ドイツ大使館管轄のページで北欧連発というのもちょっとどうかと思うけど、実はこのテーマ、そのあとに紹介する予定のドイツ本命の最新衝撃作とも関係あるので…よしとしよう!(勝手に決定)

今回は関係者の皆様、特に司会の杉江松恋様、蔦屋書店の林様、フィンランド大使館の堀内様には大変お世話になりました。この場で改めて感謝の意を表したいと思います。

ちなみに本稿【天の巻】には、並立する異稿【地の巻】が存在します。併せてお読みいただくと、精神的にいろいろな意味でお得感がアップするかもしれません^^

ではでは、今回はこれにて Tschüss!

(2014.12.13)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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