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規律厳格な無法地帯の悪夢!『ちいさな独裁者』

© 2017 - Filmgalerie 451, Alfama Films, Opus Film

規律厳格な無法地帯の悪夢!『ちいさな独裁者』

大戦最末期、ドイツ。
それは人間性の真価が極限に問われ、さらけ出される恐るべき舞台であり、これまでも数々の文芸・映画のテーマとなってきました。
そして今般ここに、注目すべき新たなる問題作が爆誕!

映画『ちいさな独裁者』は大戦末期、偶然にもエリート将校の軍服(ナルヴィク盾章つき)をゲットしてしまったドイツ脱走兵が展開する、
想像を絶するハッタリ+やりたい放題
の物語です。
この設定、アメリカ映画とかだったら痛快まるかじりな内容になるに違いないところ、ぜんぜんそうならないのがドイツ映画です。さすがです。しかも史実ベースだったりするのが凄い!

© 2017 - Filmgalerie 451, Alfama Films, Opus Film

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この映画、おそらく多くのレビューにて、
抑圧的な軍隊組織、その最下層の兵士が思わぬ形で「権威発揮」のコツをつかんでしまう。最初こそおっかなびっくりだったものの、彼の欲望と攻撃性は次第に膨れ上がり、やがて…
的なフォーマットで語られると思います。そういう作品は過去に類例が無いでもない。でも実際に観ると、ぶっちゃけ一般的なそのタイプのサイコ映画とは、かなり違う食感・飲み心地が致します。

「人間性の真価が極限に問われる」ような舞台で展開される作品といえば、善悪の葛藤が多角的に煮詰まってゆくのが相場です。が、本作はそうではない。どちらかといえば悪vs悪の葛藤や勝負で突っ走る感じです。
それは一体どういうことか?
端的にいえば、「自らを権威化してルール設定した者勝ち」というドイツ的心理特性、それが、混乱状況下では何でもあり的にマキシマムに発揮されてしまうのだ! ということがねっとり濃密に描かれる。これが本作の大きな特徴ですね。

© 2017 - Filmgalerie 451, Alfama Films, Opus Film

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ゆえに、既存の戦争ドラマ的な文脈でこの映画を観ようとすると、かなり混乱するかもしれません。正義の人は出てこないし、善玉に助けられるユダヤ人キャラも出てこない。そもそもユダヤ人が登場しないのが興味深い。即席のあるいは既定の規則によって、ドイツ人がドイツ人を威圧したり痛めつけたり殺しまくるだけな展開。これでいったい何を描こうとしているのか? この映画で明らかにされる真理or真実とは一体なんなのか?

…ハッキリ申し上げましょう。それは
「制服」「規範」信仰にすがるナチスドイツ人の無力さ、滑稽さ
であり、これまであまり表立って語られてこなかった社会心理的真実の一面であり、敢えてドイツ人の登場人物だけで完結させることで際立つその心理メカニズムを認識することによって、
ナチとはそもそもなんであったのか?
という問題の一面を逆照射することも可能なのです。
本作の真の凄みはまさにそこにあると言ってよいでしょう。ナチズムという問題に対し、多角性に富んだ知的アプローチのインターフェースを持つ観客にとっては「なるほどこれか!」と極めて興味深く映る作品だと思います。そしてそれは戦後、現代において解消されきった問題とも決して言いがたい…。

本作のもうひとつの大きな特徴、それは、完全にミリオタ向けとしか言いようがないマニアック設定と考証愛です。
「第三帝国第二の男」空軍元帥ゲーリングの権威欲のために創設され、前線では弱兵として不評だった空軍野戦部隊のしかも脱走兵(ついでに言えば白兵戦章は貰っている)が主役という時点で、萌える人はかなり萌える。しかも彼がエリート空軍大尉の軍服を着込みながら、同じ空軍野戦部隊や降下猟兵(空挺兵:エリートだったが大戦末期は質の低下が激しかった)部隊のはぐれ兵を寄せ集めて「特務部隊」をでっち上げ、北斗の拳ヒャッハー的ザコっぽい活躍を最後まで貫徹してしまうあたり、たとえばラスト・オブ・カンプフグルッペ業界的には極めてたまらないものがあると思います。

© 2017 - Filmgalerie 451, Alfama Films, Opus Film

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あと、敵軍と戦うんではなく身内の脱走兵狩りにおどろくべき執念とエネルギーを費やす野戦憲兵隊の方々とか、軍刑務所で権勢を振るう「あきらかに前線で使えないヤツ枠」の年嵩な突撃隊員とか、人間性や理性とまるで無関係な観点から軍刑務所での囚人処刑に嫌悪感を示す軍法務官とか、プライベート・ライアンも吃驚の20mm高射機関砲Flak38による囚人処刑とか、
とても一般観客向けとは思えない特濃ファクターがノーヒントで噴出しまくりです。
これは、どう考えてもディープ戦史業界を重点にプロモーション活動を行うべき作品であるような…。

ちなみに私がドイツでの本作の評価をあれこれ見てみたところ、批判はあまり無くて、たまに存在するのがたとえば「登場する降下猟兵のヘルメットのペイントが時期的におかしい!」とかそういう微小ミニマム重箱隅じみたツッコミでした。
さすがドイツ的観客! おかしいぞ君は!

ということで色々な意味で尋常でない、一般客に観せていいんだろうかと思わぬでもない、だがしかし脳の準備が出来ている観客にとっては最高の思考材料となるであろう、ある意味ドイツ究極の逸品映画『ちいさな独裁者』、2019年2月8日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかで堂々の日本公開。公式サイトはコチラです!

知識&思考が濃い人は是非行きましょう!
ということで、今回はこれにて Tschüß!

マライ・メントライン
(2019.02.08)

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン