ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

ドイツに留学。住んだ経験そのものが、いちばんの勉強 椿進之介さん

ベルリン・フンボルト大学に留学した椿進之介さん

ベルリン・フンボルト大学に留学した椿進之介さん

ドイツに留学。住んだ経験そのものが、いちばんの勉強 椿進之介さん

ドイツに行くには、どんな方法があるでしょう。いちばん最初に思いつくのは、たぶん旅行だと思います。ツアーや個人旅行など、いろいろな選択肢があるので、目的に合わせて選べます。3ヵ月未満の旅行ならビザも不要ですから、気軽に行けます。

でも、大学生なら留学という手もありますよね。法政大学で建築を学ぶ椿進之介さんは、ベルリンのフンボルト大学に1年間留学、現在は日本に帰国して、卒業の準備をしているところです。

椿さんに、留学までのプロセスや、現地での過ごし方、留学で得られたことをうかがいました。

椿さんが住んでいた、Hansaviertelにある建築家アルヴァ・アアルト設計による家

椿さんが住んでいた、Hansaviertelにある建築家アルヴァ・アアルト設計による家



 

 

 

留学が身近だった高校時代

 

椿さんが通っていた高校は、生徒の約半分が帰国子女という国際高校でした。だから一般的な高校の感覚とはちょっと違っていたそうです。例えば、高校でドイツ語の授業もありました。

初めてのドイツ滞在は、高校在学中のとき。留学プログラムに参加して、ミュンヘンのギムナジウム(大学進学を目指す学校)に2週間の短期留学を行いました。授業は主にディスカッションで、周りの生徒たちは椿さんより年下でしたが、大人っぽく見えたのが印象に残ったとか。そうした経験から、「大学に入ったら留学をしよう」と決めたそうです。

椿さんが暮らしたベルリンの部屋

椿さんが暮らしたベルリンの部屋



 

 

 

 

 

アルヴァ・アアルト設計の家

アルヴァ・アアルト設計の家



講演がきっかけでベルリンへの留学を決意

そして、法政大学工学部の建築学科に進学。留学を目指していたものの、建築学科は課題製作などとても忙しく、「このままでは留学しないうちに、あっという間に4年間が終わってしまう」と焦りが芽生えました。

そもそも、どの国に留学するのか? 行きたい大学が決まっているのでなければ、留学先の国は迷うところです。椿さんがドイツに決めたのは、ドイツ語を高校から習っていたという点がひとつ。さらに決定打となったのが、法政大学建築学科OBで、現在ベルリンで活動している建築家の金田真聡さんの講演でした。そこから留学先としてベルリンを意識するようになりました。

法政大学にはいくつかの留学制度があり、1年間の留学が可能です。出願のためには試験があり、椿さんのときはドイツ語の一定レベルのスコアと大学の成績、A4用紙2枚に渡る留学志望動機、さらに日本語とドイツ語での面接がありました。これをクリアし、ベルリンのフンボルト大学での留学が決まりました。

留学中は、大学は1年間休学という形になります。休学すると就職に影響するのではと、心配する人もいるでしょう。両親から反対される人もいるかもしれません。椿さんが利用した派遣留学制度では、留学後の学費が1年間無料になり、なおかつ100万円の奨学金が給付されたそうです。このことも両親の説得材料になりました。

フンボルト大学へは自転車で通学

フンボルト大学へは自転車で通学



 

 

 

授業も含めた生活すべてが勉強

2016年、いよいよフンボルト大学での留学がスタートしました。そして感じたのが、「授業の内容が日本とまったく違う」ということ。

「授業では、みんなの発言をベースに議論が展開していきます。先生はテーマに基づいて発言を誘導していきますが、先生の講義を一方的に聞くことはありませんでした。議論中心なので意見を求められますが、そうした訓練をしていないので、最初はなかなか発言できませんした。1年いて、多少は発言できるようになりました」

これはドイツで活動する日本人の多くが言うことです。語学力の問題ではなく、発言する訓練を受けているか、いないかの問題なのです。だから「語学が理由であきらめるのはもったいないです」と椿さんは力説します。

勉強になったのは、大学の授業だけではありません。 例えば法政大学OBで、現在BAUベルリン国際応用科学大学教授として建築・デザイン・マテリアルなど多岐にわたり活躍している阿部雅世さんの課外授業に参加したり、イベントを見学したり。

住む家を探すプロセスや、他人とのフラットシェア生活も貴重な経験となりました。この経験は、現在の椿さんの研究内容にもつながっています。

「住んだこと自体が、いちばんの勉強だったと思います」と、椿さんは言います。

もうちょっとベルリンにいたい、という思いもあったそうですが、留学期間が終了して日本へ帰国しました。

フンボルト大学の図書館

フンボルト大学の図書館



 

 

 

 

フランスのFirminiにあるル・コルビュジエの建築の前にて

フランスのFirminiにあるル・コルビュジエの建築の前にて



留学して視点が変わった

 

1年間のドイツ留学を経て、留学前とはいろいろな面で視点が変わりました。

まずは、東京の環境について。現在の東京は、椿さんには「人も建物も密集している」と映ります。

椿さんが将来的に手がけたいのは、住宅分野。現在、都市のシングル向け住宅はワンルームが多いですが、椿さんはそうした住環境は人を孤立させ、隣人が見えないことによる不安や、ストレスを増す社会にさせるのではと考えています。

「ベルリンでは3件のフラットに住んで、ドイツ人やポルトガル人とシェアしていたこともありました。ひとり暮らしなら誰とも言葉をかわさない日もありますが、シェアならフラットメイトと話したり、一緒にご飯を食べることもあります。そんなふうに、人の顔が見える住まいの研究をしています」

ベルリンでは、フラットシェアはごく当たり前なので、他人と暮らすことに抵抗がない人が多いのです。私も以前に2回ほどドイツ人とフラットシェアをしましたが、ドイツの文化や言葉を習えて、とてもいい経験になりました。ときには煩わしいことがあっても、誰かと一緒に付かず離れずの距離で暮らすと安心感があります。フラットシェアを通して、他人への理解や想像力を養えたと私も思います。

光に対する感覚も、椿さんが留学を通して変化したことのひとつです。ベルリンは緯度が高いため、冬は暗く、寒い日が続き、太陽の光がとても貴重です。そのため留学後は、天候や太陽の光に敏感になったそうです。ベルリンでは窓にカーテンを付けていない家も多いのですが、椿さんも部屋に自然光を入れたいと、日本の自室のカーテンを取り払いました。

食事面でも変化が。ドイツでは三食ともパン、ハム、チーズを食べることが決して珍しくありませんが、それに慣れたために日本でも手間や洗い物の増える、温かい料理をまったくしなくなったと言います。

また、椿さんは、留学後は自分の答えに理由を付け加えるようになり、周囲が納得してくれるようになったそうです。ドイツのディスカッション型授業の効果でしょう。

さらに「留学の経験談が、内輪だけで終わってしまうのはもったいない」と、ブログで留学経験を発信するように。これも、留学で大勢の知らない人たちと関わることで心のバリアがなくなり、オープンになった効果ではないかと話します。

大学卒業後は、大学院への進学が決まっている椿さん。でもその前に休学して、今度は海外でインターンをしてみたいと話します。留学してみて、1年間の休学は大したことはない、そんなに急がなくても大丈夫だとわかったそうです。

「留学に興味があるのなら、やらない手はないです。もし合わなければ途中で帰国したっていい。失敗しても帰る場所はあるんです」

椿進之介さんHP: http://tbski.net/

 

 

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『心がラクになる ドイツのシンプル家事』が大和書房より発売になったばかり。散歩、写真、ビールが大好き。

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久保田 由希