ドイツ情報満載 - YOUNG GERMANY by ドイツ大使館

登山ポーターに正当な給与が払われる仕組みづくりに挑戦 上山敦代さん

「責任のある旅行」実現に向けて邁進中の上山敦代さん

登山ポーターに正当な給与が払われる仕組みづくりに挑戦 上山敦代さん

社会の課題を改善する、ソーシャルイノベーションプロジェクト。ドイツではそうしたプロジェクトを支援する機関があります。

「SOCIAL IMPACT LAB Frankfurt」もその一つで、有用と認められたアイディアやプロジェクトに対して、国営金融機関であるKFW財団の資金提供のもと、起業専門家のコーチング、技術・資金支援のマッチング、コーワーキングスペースの利用、セミナー参加等、起業への全面的な支援を行っています。

フランクフルト在住の上山敦代さんは、現在SOCIAL IMPACT LAB Frankfurtからサポートを受けて、自身のプロジェクトを進めているところ。そのプロジェクトとは、キリマンジャロ登山に付き添う現地ポーターが貧困のループから抜け出すための仕組みづくりです。

日本人女性が、ドイツで、公正なキリマンジャロ登山のためのプロジェクトを始める。そんなことが実現できるなんて、私たちはなんて可能性に満ちた時代に生きているのだろう、と思いませんか?


■アメリカ、オーストラリア、イギリスを経てドイツへ

上山さんの経歴は変化に富んでいます。
日本で生まれ、育った国はアメリカ。日本で大学に通い、卒業後はシステムエンジニアとして3年間勤務しました。
その後オーストラリアでスポーツ経営学を勉強。そこからイギリスへ渡ってユニセフで勤務し、2008年にドイツへやってきました。

2016年に「自分の好きなことを仕事にしたい」を実現する為、フリーランスとして独立。現在は妊娠期・産褥期・産後の女性を対象にしたフィットネスを教えています。

アクティブな上山さんは登山が趣味で、キリマンジャロにも挑戦してきました。
標高5,895mのキリマンジャロ山を登るには5〜6日を要します。当然その間には食事をとったり、テントや山小屋で宿泊しなくてはなりません。そのため登山者は旅行会社を通して登山ツアーを申し込み、旅行会社は現地ガイドやコック、荷物や食糧を運ぶポーターを手配し、同行させる義務があります。

上山さんも旅行会社で8日間のレモショルート(登山ルートのひとつ)を申し込み、見事登頂に成功。その感動もつかの間、下山後にポーターから登山靴の寄付を執拗に要求されるという経験をしました。
そこでドイツへ帰国後、登山仲間と共にイタリア山岳協会のサポートを受けて集めた20足の登山靴を段ボール箱2つに詰め込みタンザニアへ送りました。ところが、登山靴がそれを必要としているポーターにちゃんと届いたか確認したところ、荷物が消息不明になっていることが判明。

「送った登山靴はどこへ消えたの? 本当に必要としている人の手元に届いたのか……?」
という疑問が浮かびました。

ここから上山さんのプロジェクトがスタートします。

キリマンジャロ山4,300m付近にて。荷物を運ぶポーターたち

キリマンジャロ山4,300m付近にて。荷物を運ぶポーターたち



4,500m付近での雲海と上山さん

4,500m付近での雲海と上山さん




■不透明な料金体系

送った登山靴が消えた事態に釈然としなかった上山さんは、その後キリマンジャロ登山についていろいろと調べてみました。すると、ポーターたちの賃金と貧困問題、そして登山費用として旅行会社に支払った金額のうちポーターに渡される分はごくわずかで、ほとんどは国と旅行会社に取られているという現状がわかったのです。

「旅行会社に支払う料金は、キリマンジャロ山がある国立公園の入場料金、宿泊、送迎と食事の料金、同行するクルーたちの料金の3種類から成り立ちます。登山者はその3種類分を旅行会社に払い、旅行会社はそこからポーターに現金で給与を渡すのが現在の仕組みです」

登山者1名につき、ポーターは3〜4名必要です。
上山さんによれば、ポーターひとり当たりの給与は本来1日15ドル程度が順当ですが、現状では1社のみ1日18ドルを支払っており、よくて1日10ドル、大半の旅行会社はそれより低い金額しかポーターに払わないのだそうです。

キリマンジャロ山があるタンザニアにはKPAP(Kilimanjaro Porters Assistance Project)という、ポーターたちの労働環境改善を図るNPO団体があります。現地には登山ツアーを請け負っている旅行会社は約500社あり、そのうちKPAPとパートナーシップを結んでいる旅行会社は約50社で、これらの旅行会社 はKPAPが定める様々な基準を守り、その1つである1日あたり10ドルの給与をポーターに支払っているそうです。

この現状を踏まえて、上山さんは2つの項目を柱にしたプロジェクトを進めています。


■「責任ある旅行」(Responsible Tourism)の自覚を持てるプラットフォーム+決済システムを作る

1つ目の柱は、KPAPパートナー会社を中心に「責任ある旅行 」を提供している旅行会社と、「責任ある旅行」をしたいと求めている登山者をマッチングするプラットフォームを構築すること。 現在、キリマンジャロ登山を予約できるプラットフォームはいくつかありますが、それぞれの旅行会社がポーターに対して本当にきちんと人道的な扱いをしているのかは、KPAPパートナー会社以外は、ホームページや様々なレビューを見比べただけでは見分けがつけにくいのです。そのため、透明な料金体系がわかり、信頼できる「責任ある旅行」の予約ができるプラットフォームがまずは必要になります。また、プラットフォームを通して「責任ある旅行」の自覚を持つ登山者たちのコミュニティーも広げていく考えです。

2つ目はFinTech(ファイナンシャルテクノロジー)を利用して、プラットフォームで購入された登山ツアーに同行したポーターたちに直接給与を払うための新たな決済システムを構築すること。

FinTechとは、IT技術を使った金融商品やサービスのことで、例えば携帯電話による料金決済サービスなどが挙げられます。

前述の通り、登山者が旅行会社に支払う料金は国立公園入場料、宿泊・送迎・食事代、同行するクルー代の3種類。現状ではそれらをまとめて旅行会社に支払っています。
上山さんが考える新システムは、登山者は旅行会社に国立公園入場料と宿泊・送迎・食事代のみを払い、クルー代はFinTechによるシステムを使ってポーターたちのモバイル口座に直接支払うという内容です。

「責任ある旅行」のプラットフォームに登録している旅行会社にこのシステムを適用していくと、登山者がキリマンジャロ登山ツアーを申し込むことで、旅行会社にもポーターにも正当な金額が支払われるようになります。そして、登山者が直接ポーターの貧困問題から抜け出すためへの貢献ができることにもなります。

「ポーターたちの給与を自動計算して、携帯電話を通して各ポーターのモバイル口座に直接支払うシステムを考えています。キャッシュレス化によりポーターの給与・チップが誰かに取られる可能性もなくなりますし、給与額が明確になります。旅行会社も人件費の計算をする必要がなくなるのと、大量の現金を随時事務所に保管しておく必要がなくなり強盗のリスクも減るので、メリットがあります」
と、上山さん。

旅行者が安さだけで旅行会社を選ばずに、正当な社会を支えていく「責任のある旅行(Responsible Tourism)」を掲げたプラットフォームと決済システムづくりが上山さんの目標です。

キリマンジャロ登山出発前の準備(荷物チェック+軽量中)をするポーターたち

キリマンジャロ登山出発前の準備(荷物チェック+軽量中)をするポーターたち



現地の子どもたちが遊ぶゴミ山にて。背景はキリマンジャロ山

現地の子どもたちが遊ぶゴミ山にて。
背景はキリマンジャロ山




■IT技術の進歩が実現を後押し

上山さんによれば、正当な給与が払われないために、ポーターが貧困のループから抜け出せない問題は、以前からずっと存在していたそうです。
その問題を解決するためのアイディアは、もしかしたらこれまでにも存在したかもしれません。しかし現在、上山さんの考えるプラットフォームが実現の可能性を帯びてきた背景には、IT技術の進歩があります。

アフリカでは銀行口座の基盤が不十分な状況下で携帯電話が普及し、モバイル決済システムができました。だからこそ、ポーターに直接給与を支払うという上山さんの考えが可能になったのです。

この「責任のある旅行(Responsible Tourism)」プラットフォームと決済システムのアイディアはSOCIAL IMPACT LAB Frankfurtのコンペに通り、上山さんは8ヵ月の支援プログラムに参加できることになりました。同ラボからカウンセリングやコーチング、セミナーを受け、システム開発のための技術者を紹介してもらえたそうです。

たとえ自分はITの専門知識を持っていなくても、専門家とつながってアイディアを出し合うことで、実現へと向かっていくのです。

現在はSOCIAL IMPACT LAB Frankfurtを通じてドイツのソフトウェア会社SAPとベルリンにある大学からサポートを受ける準備中だそうです。

「プラットフォームと決済システムを作ることで、旅行者に自覚を持った登山をしてほしいです。ドイツは登山愛好家が多いから、このプロジェクトが支援されます」

2017年中にはプラットフォームを完成させ、来春にはキャンペーンを行いたいと、意欲を燃やす上山さん。日本人のアイディアからドイツで生まれたプラットフォームが、世界の旅行を変えていくかもしれません。

ポーター支援プロジェクト Polepole - Travel Responsibly & Ethically -
https://polepoletanzania.wordpress.com/




文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)など。
http://www.kubomaga.com/

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

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久保田 由希