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ドイツで音楽療法を学ぶ  溝口希さん

音楽療法インスティテュートでピアノに向かう溝口さん

ドイツで音楽療法を学ぶ  溝口希さん

日本ではまだあまり知られていなくても、ドイツでは広く認識され、勉強できる分野が存在します。音楽療法もその一つではないでしょうか。私も「音楽療法」という言葉から何となくイメージは湧くものの、具体的にどういう内容なのかはわかりません。

そこで今回は、ドイツで音楽療法の資格を取得すべく勉強中の、溝口希(のぞみ)さんにインタビューをしました。

幼少時からピアノに親しみ、日本の大学でピアノ演奏を学んだ溝口さん。大学卒業後は東京で就職するつもりだったはずが、ふとしたきっかけでドイツ留学、音楽療法の道へと歩みを進めることになったそうです。

ドイツでの音楽療法の勉強は、どのようなものなのでしょうか。溝口さんが実際に勉強している場にお邪魔しました。


■講義と実習を同時進行

ベルリン南西部の、緑の多い閑静な住宅街。その一角に、溝口さんが音楽療法を学ぶ Institut für Musiktherapie の校舎が立っていました。こぢんまりとしていて、奥には芝生の庭もあります。私が想像していた「校舎」とはまったく違う、一軒家のような愛らしい佇まいです。

ベルリン南西部にあるInstitut für Musiktherapie

ベルリン南西部にあるInstitut für Musiktherapie




溝口さんはここで2016年10月から音楽療法を学んでいます。音楽療法とは、高齢者や障害者などが音楽を聞いたり、音楽とともに歌ったり、自分で演奏してみることで健康を取り戻す、あるいは生活の質を高める療法で、音楽療法士はドイツとアメリカでは国家資格となっています。

Institut für Musiktherapieが療法の対象としているのは、高齢者・障害者・精神疾患の患者や事故の後遺症を持つ人など。
対象者はグループや個人で音楽を聴いて感じたことを話したり、いろいろな楽器を用いて即興で演奏して、その気持ちを語ります。

音楽療法に用いる楽器の一例

音楽療法に用いる楽器の一例




講義は土日に集中しているため、他の大学に通学している人や社会人でも参加できます。
「講義はまず瞑想から始まります。そしてその日のテーマを先生が話した後に、即興演奏や絵を描くなどの実践があり、最後に一人ずつ意見を発表します」

例えばある日の授業では、先生から「指揮者のように絵を描いてみて」という課題が出ました。
「私は拍子のイメージを描きましたが、中には他人の紙に描く人もいました」
と溝口さんが話すように、決まった答えはありません。その後にみんなでディスカッションをすることが大切なようです。
宿題は多く、毎月5枚ほどのレポート提出が課せられています。

溝口さんは勉強と並行して、知的障害者の作業所で週1回のペースで音楽療法の実習も行っています。
「いきなり私一人に任されたので驚きましたが、自由にやらせてもらっています。対象者は全員大人で、体や心の病など、人によって抱えているものは違います。実習では音楽療法によって対象者が笑顔になったりして、反応が見えるのがうれしいですね」

講義が行われる教室

講義が行われる教室




■周囲の人々のフォロー

溝口さんは生まれつき耳が悪く、補聴器をつけています。感音性と呼ばれる種類の難聴で、幼少時は喋ることができず、小学校と支援学級を掛け持ちで通っていたこともありました。
いまでも環境や体調によって聴こえ方がまったく異なり、補聴器をつけていても話を理解できない場面もあるといいます。

「そのために、語学習得の難しさを痛感しています。でも書く・読むことは得意なので、その分野を伸ばしながら、リスニングはゆっくりやっていくしかないと思っています」

授業中のディスカッションでは、受講生は順番に発言しなければなりません。ドイツ語は外国語ですし、ディスカッション自体も日本人には不慣れなもの。それに補聴器があっても、遠くに座っている人の声は聞き取りにくいのだとか。

ドイツで学ぶ上でいくつもの壁がありそうですが、先生や周囲の人に耳のことを説明しているので、フォローしてくれるのだそうです。

「中高生の頃は補聴器をつけていることを知られたくなくて、隠すように髪を下ろしていました。でもいまは逆に、周りの人に知ってもらったほうが楽だと思うようになりました」
日本にいた頃と比べて逞しくなりました、と笑顔がこぼれました。

溝口さんの正面に向かい合って座っていた私は、言われるまで両耳の補聴器の存在にまったく気がつきませんでした。耳のことがあっても音楽に携わっていけるのです。それはもちろん努力の賜物なのでしょうが、こちらも勇気を与えられました。

校舎には地下スタジオもある

校舎には地下スタジオもある




■ふとした一言からドイツ留学へ

溝口さんが初めて音楽療法に触れたのは、中学生のとき。本を読んでそうした職業があることを知りましたが、そのときは将来の進路には結びつきませんでした。
その後は、子どもの頃からピアノを習っていたために、地元の北海道教育大学芸術学科のピアノ演奏課程へと進学。在学中に音楽療法士と知り合い、札幌の老人ホームで音楽療法アシスタントもしたそうです。

卒業後は東京で就職するつもりで活動していましたが、東日本大震災が起きて進路に迷いが生じました。
在学中にシュトゥットガルトでピアノのマスタークラスを受けたことを思い出した溝口さんは、何となく「留学しようかな」と言ったところ、家族から「いいんじゃない?」という反応が。そこで留学費用をためてドイツにやって来たのでした。

ドイツで勉強したいことは音楽療法、ピアノ演奏、ドイツリート(ドイツ歌曲)の伴奏のいずれか。当初はドイツ語のハンディキャップもあったことからピアノ演奏で受験をしようと決め、マンハイム、ロストック、コットブス、ベルリンにある大学を受けました。

結果的にコットブスのブランデンブルク工科大学に合格しましたが、そこにはマスターコースがなかったこともあり、半年間休学。音楽療法を学べる場所を調べてたどり着いたのがベルリンのInstitut für Musiktherapieでした。
Institut für Musiktherapieの受験項目は自己アピール文とレポート、面接。実技試験もありましたが、溝口さんの場合は既にピアノの実力が証明されているため免除に。その代わり別の楽器を即興演奏したそうです。

現在はInstitut für Musiktherapieに通いながら、ブランデンブルク工科大学に演奏家養成課程ができたために復学。2年後の大学卒業時にはピアノ演奏家の資格が取得でき、3年後にはInstitut für Musiktherapieでの勉強を終え、音楽療法士の資格も取れる見込みです。

溝口さんは、いま27歳。
「30歳までにいろいろやりたいです。今年はピアノコンクールにも挑戦したいですね。ドイツで知り合ったタンデムパートナーと結婚しましたが子どもはまだいないので、いまできることをやっておきたい。目標があれば頑張れます」
と、未来への夢が広がっています。



文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)など。
http://www.kubomaga.com/


久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

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久保田 由希